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高瀬舟

Edição BooksWhale em japonês por Mori Ōgai

罪と慈悲、安楽死と法の境界を、京都へ向かう罪人と同心の対話で問う短篇。

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Introdução do livro

高瀬舟

『高瀬舟』は、島流しの罪人喜助を高瀬舟で運ぶ同心の視線を通じて、貧困、兄弟愛、刑罰、安楽死と幸福の意味を問い直します。静かな会話の中に倫理的な余韻を残す森鷗外の代表的短篇です。

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森鷗外は1922年に没し、『高瀬舟』は1916年に発表されました。作者の没年と作品の発表年は、この日本語原文版の公版性を判断する根拠になります。

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高瀬舟

Mori Ōgai

高瀬舟

森鴎外

高瀬舟(たかせぶね)は京都の高瀬川(たかせがわ)を上下(じょうげ)する小舟である。徳川時代に京都の罪人が遠島(えんとう)を申し渡されると、本人の親類が牢屋敷(ろうやしき)へ呼び出されて、そこで暇乞(いとまご)いをすることを許された。それから罪人は高瀬舟に載せられて、大阪(おおさか)へ回されることであった。それを護送するのは、京都町奉行(まちぶぎょう)の配下にいる同心(どうしん)で、この同心は罪人の親類の中で、おも立った一人(にん)を大阪まで同船させることを許す慣例であった。これは上(かみ)へ通った事ではないが、いわゆる大目に見るのであった、黙許であった。

当時遠島を申し渡された罪人は、もちろん重い科(とが)を犯したものと認められた人ではあるが、決して盗みをするために、人を殺し火を放ったというような、獰悪(どうあく)な人物が多数を占めていたわけではない。高瀬舟に乗る罪人の過半は、いわゆる心得違いのために、思わぬ科を犯した人であった。有りふれた例をあげてみれば、当時相対死(あいたいし)と言った情死をはかって、相手の女を殺して、自分だけ生き残った男というような類(たぐい)である。

そういう罪人を載せて、入相(いりあい)の鐘の鳴るころにこぎ出された高瀬舟は、黒ずんだ京都の町の家々を両岸に見つつ、東へ走って、加茂川(かもがわ)を横ぎって下るのであった。この舟の中で、罪人とその親類の者とは夜どおし身の上を語り合う。いつもいつも悔やんでも返らぬ繰(く)り言(ごと)である。護送の役をする同心(どうしん)は、そばでそれを聞いて、罪人を出した親戚眷族(しんせきけんぞく)の悲惨な境遇を細かに知ることができた。所詮(しょせん)町奉行の白州(しらす)で、表向きの口供(こうきょう)を聞いたり、役所の机の上で、口書(くちがき)を読んだりする役人の夢にもうかがうことのできぬ境遇である。

同心を勤める人にも、いろいろの性質があるから、この時ただうるさいと思って、耳をおおいたく思う冷淡な同心があるかと思えば、またしみじみと人の哀れを身に引き受けて、役がらゆえ気色(けしき)には見せぬながら、無言のうちにひそかに胸を痛める同心もあった。場合によって非常に悲惨な境遇に陥った罪人とその親類とを、特に心弱い、涙もろい同心が宰領してゆくことになると、その同心は不覚の涙を禁じ得ぬのであった。

そこで高瀬舟の護送は、町奉行所の同心仲間で不快な職務としてきらわれていた。

いつのころであったか。たぶん江戸で白河楽翁侯(しらかわらくおうこう)が政柄(せいへい)を執っていた寛政のころででもあっただろう。智恩院(ちおんいん)の桜が入相(いりあい)の鐘に散る春の夕べに、これまで類のない、珍しい罪人が高瀬舟に載せられた。

それは名を喜助(きすけ)と言って、三十歳ばかりになる、住所不定(じゅうしょふじょう)の男である。もとより牢屋敷(ろうやしき)に呼び出されるような親類はないので、舟にもただ一人(ひとり)で乗った。

護送を命ぜられて、いっしょに舟に乗り込んだ同心羽田庄兵衛(はねだしょうべえ)は、ただ喜助が弟殺しの罪人だということだけを聞いていた。さて牢屋敷から棧橋(さんばし)まで連れて来る間、この痩肉(やせじし)の、色の青白い喜助の様子を見るに、いかにも神妙(しんびょう)に、いかにもおとなしく、自分をば公儀の役人として敬って、何事につけても逆らわぬようにしている。しかもそれが、罪人の間に往々見受けるような、温順を装って権勢に媚(こ)びる態度ではない。

庄兵衛は不思議に思った。そして舟に乗ってからも、単に役目の表で見張っているばかりでなく、絶えず喜助の挙動に、細かい注意をしていた。

その日は暮れ方から風がやんで、空一面をおおった薄い雲が、月の輪郭をかすませ、ようよう近寄って来る夏の温(あたた)かさが、両岸の土からも、川床(かわどこ)の土からも、もやになって立ちのぼるかと思われる夜(よ)であった。下京(しもきょう)の町を離れて、加茂川を横ぎったころからは、あたりがひっそりとして、ただ舳(へさき)にさかれる水のささやきを聞くのみである。

夜舟(よふね)で寝ることは、罪人にも許されているのに、喜助は横になろうともせず、雲の濃淡に従って、光の増したり減じたりする月を仰いで、黙っている。その額は晴れやかで目にはかすかなかがやきがある。

庄兵衛はまともには見ていぬが、始終喜助の顔から目を離さずにいる。そして不思議だ、不思議だと、心の内で繰り返している。それは喜助の顔が縦から見ても、横から見ても、いかにも楽しそうで、もし役人に対する気がねがなかったなら、口笛を吹きはじめるとか、鼻歌を歌い出すとかしそうに思われたからである。

庄兵衛は心の内に思った。これまでこの高瀬舟の宰領をしたことは幾たびだか知れない。しかし載せてゆく罪人は、いつもほとんど同じように、目も当てられぬ気の毒な様子をしていた。それにこの男はどうしたのだろう。遊山船(ゆさんぶね)にでも乗ったような顔をしている。罪は弟を殺したのだそうだが、よしやその弟が悪いやつで、それをどんなゆきがかりになって殺したにせよ、人の情(じょう)としていい心持ちはせぬはずである。この色の青いやせ男が、その人の情というものが全く欠けているほどの、世にもまれな悪人であろうか。どうもそうは思われない。ひょっと気でも狂っているのではあるまいか。いやいや。それにしては何一つつじつまの合わぬことばや挙動がない。この男はどうしたのだろう。庄兵衛がためには喜助の態度が考えれば考えるほどわからなくなるのである。

しばらくして、庄兵衛はこらえ切れなくなって呼びかけた。「喜助。お前何を思っているのか。」

「はい」と言ってあたりを見回した喜助は、何事をかお役人に見とがめられたのではないかと気づかうらしく、居ずまいを直して庄兵衛の気色(けしき)を伺った。

庄兵衛は自分が突然問いを発した動機を明かして、役目を離れた応対を求める言いわけをしなくてはならぬように感じた。そこでこう言った。「いや。別にわけがあって聞いたのではない。実はな、おれはさっきからお前の島へゆく心持ちが聞いてみたかったのだ。おれはこれまでこの舟でおおぜいの人を島へ送った。それはずいぶんいろいろな身の上の人だったが、どれもどれも島へゆくのを悲しがって、見送りに来て、いっしょに舟に乗る親類のものと、夜どおし泣くにきまっていた。それにお前の様子を見れば、どうも島へゆくのを苦にしてはいないようだ。いったいお前はどう思っているのだい。」

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