
Japanese Edition
Literature
たけくらべ
Japanese BooksWhale Edition by Ichiyō Higuchi
吉原近くの子どもたちの成長、淡い恋、階層の影を繊細に描く一葉の代表作。
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Book introduction
たけくらべ
『たけくらべ』は樋口一葉の代表作で、遊郭周辺の町に生きる少年少女の友情、憧れ、別れ、社会の境界を抒情的に描きます。本日本語原文版は、近代日本文学の重要作を読みやすく整えたものです。
BooksWhale edition
How this edition was prepared
This edition is based on a public domain text and has been prepared for digital reading by BooksWhale.
Public domain basis
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『たけくらべ』は1895年に発表され、作者は1896年に没しています。これらの年代は本日本語原文版の公版性を判断する根拠になります。
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おもちゃ
樋口一葉
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廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝に燈火うつる三階の騒ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の行来にはかり知られぬ全盛をうらなひて、大音寺前と名は仏くさけれど、さりとは陽気の町と住みたる人の申き、三嶋神社の角をまがりてよりこれぞと見ゆる大厦もなく、かたぶく軒端の十軒長屋二十軒長や、商ひはかつふつ利かぬ処とて半さしたる雨戸の外に、あやしき形に紙を切りなして、胡粉ぬりくり彩色のある田楽みるやう、裏にはりたる串のさまもをかし、一軒ならず二軒ならず、朝日に干して夕日にしまふ手当ことごとしく、一家内これにかかりてそれは何ぞと問ふに、知らずや霜月酉の日例の神社に欲深様のかつぎ給ふこれぞ熊手の下ごしらへといふ、正月門松とりすつるよりかかりて、一年うち通しのそれは誠の商買人、片手わざにも夏より手足を色どりて、新年着の支度もこれをば当てぞかし、南無や大鳥大明神、買ふ人にさへ大福をあたへ給へば製造もとの我等万倍の利益をと人ごとに言ふめれど、さりとは思ひのほかなるもの、このあたりに大長者のうわさも聞かざりき、住む人の多くは廓者にて良人は小格子の何とやら、下足札そろへてがらんがらんの音もいそがしや夕暮より羽織引かけて立出れば、うしろに切火打かくる女房の顔もこれが見納めか十人ぎりの側杖無理情死のしそこね、恨みはかかる身のはて危ふく、すはと言はば命がけの勤めに遊山らしく見ゆるもをかし、娘は大籬の下新造とやら、七軒の何屋が客廻しとやら、提燈さげてちよこちよこ走りの修業、卒業して何にかなる、とかくは檜舞台と見たつるもをかしからずや、垢ぬけのせし三十あまりの年増、小ざつぱりとせし唐桟ぞろひに紺足袋はきて、雪駄ちやらちやら忙がしげに横抱きの小包はとはでもしるし、茶屋が桟橋とんと沙汰して、廻り遠や此処からあげまする、誂へ物の仕事やさんとこのあたりには言ふぞかし、一体の風俗よそと変りて、女子の後帯きちんとせし人少なく、がらを好みて巾広の巻帯、年増はまだよし、十五六の小癪なるが酸漿ふくんでこの姿はと目をふさぐ人もあるべし、所がら是非もなや、昨日河岸店に何紫の源氏名耳に残れど、けふは地廻りの吉と手馴れぬ焼鳥の夜店を出して、身代たたき骨になれば再び古巣への内儀姿、どこやら素人よりは見よげに覚えて、これに染まらぬ子供もなし、秋は九月仁和賀の頃の大路を見給へ、さりとは宜くも学びし露八が物真似、栄喜が処作、孟子の母やおどろかん上達の速やかさ、うまいと褒められて今宵も一廻りと生意気は七つ八つよりつのりて、やがては肩に置手ぬぐひ、鼻歌のそそり節、十五の少年がませかた恐ろし、学校の唱歌にもぎつちよんちよんと拍子を取りて、運動会に木やり音頭もなしかねまじき風情、さらでも教育はむづかしきに教師の苦心さこそと思はるる入谷ぢかくに育英舎とて、私立なれども生徒の数は千人近く、狭き校舎に目白押の窮屈さも教師が人望いよいよあらはれて、唯学校と一ト口にてこのあたりには呑込みのつくほど成るがあり、通ふ子供の数々に或は火消鳶人足、おとつさんは刎橋の番屋に居るよと習はずして知るその道のかしこさ、梯子のりのまねびにアレ忍びがへしを折りましたと訴へのつべこべ、三百といふ代言の子もあるべし、お前の父さんは馬だねへと言はれて、名のりや愁らき子心にも顔あからめるしほらしさ、出入りの貸座敷の秘蔵息子寮住居に華族さまを気取りて、ふさ付き帽子面もちゆたかに洋服かるがると花々しきを、坊ちやん坊ちやんとてこの子の追従するもをかし、多くの中に龍華寺の信如とて、千筋となづる黒髪も今いく歳のさかりにか、やがては墨染にかへぬべき袖の色、発心は腹からか、坊は親ゆづりの勉強ものあり、性来をとなしきを友達いぶせく思ひて、さまざまの悪戯をしかけ、猫の死骸を縄にくくりてお役目なれば引導をたのみますと投げつけし事も有りしが、それは昔、今は校内一の人とて仮にも侮りての処業はなかりき、歳は十五、並背にていが栗の頭髪も思ひなしか俗とは変りて、藤本信如と訓にてすませど、何処やら釈といひたげの素振なり。
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八月二十日は千束神社のまつりとて、山車屋台に町々の見得をはりて土手をのぼりて廓内までも入込まんづ勢ひ、若者が気組み思ひやるべし、聞かぢりに子供とて由断のなりがたきこのあたりのなれば、そろひの裕衣は言はでものこと、銘々に申合せて生意気のありたけ、聞かば胆もつぶれぬべし、横町組と自らゆるしたる乱暴の子供大将に頭の長とて歳も十六、仁和賀の金棒に親父の代理をつとめしより気位ゑらく成りて、帯は腰の先に、返事は鼻の先にていふ物と定め、にくらしき風俗、あれが頭の子でなくばと鳶人足が女房の蔭口に聞えぬ、心一ぱいに我がままを徹して身に合はぬ巾をも広げしが、表町に田中屋の正太郎とて歳は我れに三つ劣れど、家に金あり身に愛敬あれば人も憎くまぬ当の敵あり、我れは私立の学校へ通ひしを、先方は公立なりとて同じ唱歌も本家のやうな顔をしおる、去年も一昨年も先方には大人の末社がつきて、まつりの趣向も我れよりは花を咲かせ、喧嘩に手出しのなりがたき仕組みも有りき、今年又もや負けにならば、誰れだと思ふ横町の長吉だぞと平常の力だては空いばりとけなされて、弁天ぼりに水およぎの折も我が組に成る人は多かるまじ、力を言はば我が方がつよけれど、田中屋が柔和ぶりにごまかされて、一つは学問が出来おるを恐れ、我が横町組の太郎吉、三五郎など、内々は彼方がたに成たるも口惜し、まつりは明後日、いよいよ我が方が負け色と見えたらば、破れかぶれに暴れて暴れて、正太郎が面に※一つ、我れも片眼片足なきものと思へば為やすし、加担人は車屋の丑に元結よりの文、手遊屋の弥助などあらば引けは取るまじ、おおそれよりはあの人の事あの人の事、藤本のならば宜き智恵も貸してくれんと、十八日の暮れちかく、物いへば眼口にうるさき蚊を払ひて竹村しげき龍華寺の庭先から信如が部屋へのそりのそりと、信さん居るかと顔を出しぬ。
己れの為る事は乱暴だと人がいふ、乱暴かも知れないが口惜しい事は口惜しいや、なあ聞いとくれ信さん、去年も己れが処の末弟の奴と正太郎組の短小野郎と万燈のたたき合ひから始まつて、それといふと奴の中間がばらばらと飛出しやあがつて、どうだらう小さな者の万燈を打こわしちまつて、胴揚にしやがつて、見やがれ横町のざまをと一人がいふと、間抜に背のたかい大人のやうな面をしてゐる団子屋の頓馬が、頭もあるものか尻尾だ尻尾だ、豚の尻尾だなんて悪口を言つたとさ、己らあその時千束様へねり込んでゐたもんだから、あとで聞いた時に直様仕かへしに行かうと言つたら、親父さんに頭から小言を喰つてその時も泣寐入、一昨年はそらね、お前も知つてる通り筆屋の店へ表町の若衆が寄合て茶番か何かやつたらう、あの時己れが見に行つたら、横町は横町の趣向がありませうなんて、おつな事を言ひやがつて、正太ばかり客にしたのも胸にあるわな、いくら金が有るとつて質屋のくづれの高利貸が何たら様だ、あんな奴を生して置くより擲きころす方が世間のためだ、己らあ今度のまつりにはどうしても乱暴に仕掛て取かへしを付けようと思ふよ、だから信さん友達がひに、それはお前が嫌やだといふのも知れてるけれども何卒我れの肩を持つて、横町組の耻をすすぐのだから、ね、おい、本家本元の唱歌だなんて威張りおる正太郎を取ちめてくれないか、我れが私立の寐ぼけ生徒といはれればお前の事も同然だから、後生だ、どうぞ、助けると思つて大万燈を振廻しておくれ、己れは心から底から口惜しくつて、今度負けたら長吉の立端は無いと無茶にくやしがつて大幅の肩をゆすりぬ。だつて僕は弱いもの。弱くても宜いよ。万燈は振廻せないよ。振廻さなくても宜いよ。僕が這入ると負けるが宜いかへ。負けても宜いのさ、それは仕方が無いと諦めるから、お前は何も為ないで宜いから唯横町の組だといふ名で、威張つてさへくれると豪気に人気がつくからね、己れはこんな無学漢だのにお前は学が出来るからね、向ふの奴が漢語か何かで冷語でも言つたら、此方も漢語で仕かへしておくれ、ああ好い心持ださつぱりしたお前が承知をしてくれればもう千人力だ、信さん有がたうと常に無い優しき言葉も出るものなり。
一人は三尺帯に突かけ草履の仕事師の息子、一人はかわ色金巾の羽織に紫の兵子帯といふ坊様仕立、思ふ事はうらはらに、話しは常に喰ひ違ひがちなれど、長吉は我が門前に産声を揚げしものと大和尚夫婦が贔負もあり、同じ学校へかよへば私立私立とけなされるも心わるきに、元来愛敬のなき長吉なれば心から味方につく者もなき憐れさ、先方は町内の若衆どもまで尻押をして、ひがみでは無し長吉が負けを取る事罪は田中屋がたに少なからず、見かけて頼まれし義理としても嫌やとは言ひかねて信如、それではお前の組に成るさ、成るといつたら嘘は無いが、なるべく喧嘩は為ぬ方が勝だよ、いよいよ先方が売りに出たら仕方が無い、何いざと言へば田中の正太郎位小指の先さと、我が力の無いは忘れて、信如は机の引出しから京都みやげに貰ひたる、小鍛冶の小刀を取出して見すれば、よく利れそうだねへと覗き込む長吉が顔、あぶなし此物を振廻してなる事か。
Table of contents
Inside this edition
- 01Full text
- 02一
- 03二
- 04三
- 05四
- 06五
- 07六
- 08七
- 09八
- 10九
- 11十
- 12十一
- 13十二
- 14十三
- 15十四
- 16十五
- 17十六
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