
Japanese Edition
Literature
不如帰
Japanese BooksWhale Edition by Tokutomi Roka
浪子と武男の結婚生活が病と家の慣習によって揺らぐ、愛情と家族の対立を描いた明治期の家庭小説。
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Book introduction
不如帰
新婚の浪子と海軍士官の武男は、互いを思いながら暮らし始める。しかし浪子の病をきっかけに、夫婦の意思と家の都合が衝突し、二人の関係は大きく変わっていく。徳冨蘆花は、親子や嫁姑の関係、軍人の生活、病と別離を通して、明治社会の家族観と個人の感情を描く。夫婦を取り巻く人々の選択が物語を動かす日本語の長編小説。
BooksWhale edition
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徳冨蘆花は1927年に没した。本作は1900年に刊行され、原著の著作権保護期間は満了している。本版は日本語の原文を収録する。
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不如帰
Preview chapter第百版不如帰の巻首にPreview
不如帰が百版になるので、校正かたがた久しぶりに読んで見た。お坊っちゃん小説である。単純な説話で置いたらまだしも、無理に場面をにぎわすためかき集めた千々石山木の安っぽい芝居がかりやら、小川某女の蛇足やら、あらをいったら限りがない。百版という呼び声に対してももっとどうにかしたい気もする。しかし今さら書き直すのも面倒だし、とうとうほンの校正だけにした。
十年ぶりに読んでいるうちに端なく思い起こした事がある。それはこの小説の胚胎せられた一夕の事。もう十二年前である、相州逗子の柳屋という家の間を借りて住んでいたころ、病後の保養に童男一人連れて来られた婦人があった。夏の真盛りで、宿という宿は皆ふさがって、途方に暮れておられるのを見兼ねて、妻と相談の上自分らが借りていた八畳二室のその一つを御用立てることにした。夏のことでなかの仕切りは形ばかりの小簾一重、風も通せば話も通う。一月ばかりの間に大分懇意になった。三十四五の苦労をした人で、(不如帰の小川某女ではない)大層情の深い話上手の方だった。夏も末方のちと曇ってしめやかな晩方の事、童男は遊びに出てしまう、婦人と自分と妻と雑談しているうちに、ふと婦人がさる悲酸の事実譚を話し出された。もうそのころは知る人は知っていたが自分にはまだ初耳の「浪子」の話である。「浪さん」が肺結核で離縁された事、「武男君」は悲しんだ事、片岡中将が怒って女を引き取った事、病女のために静養室を建てた事、一生の名残に「浪さん」を連れて京阪の遊をした事、川島家からよこした葬式の生花を突っ返した事、単にこれだけが話のなかの事実であった。婦人は鼻をつまらせつつしみじみ話す。自分は床柱にもたれてぼんやりきいている。妻は頭をたれている。日はいつか暮れてしもうた。古びた田舎家の間内が薄ぐらくなって、話す人の浴衣ばかり白く見える。臨終のあわれを話して「そうお言いだったそうですってね――もうもう二度と女なんかに生まれはしない」――言いかけて婦人はとうとう嘘唏して話をきってしもうた。自分の脊髄をあるものが電のごとく走った。
婦人は間もなく健康になって、かの一夕の談を置き土産に都に帰られた。逗子の秋は寂しくなる。話の印象はいつまでも消えない。朝な夕な波は哀音を送って、蕭瑟たる秋光の浜に立てば影なき人の姿がつい眼前に現われる。かあいそうは過ぎて苦痛になった。どうにかしなければならなくなった。そこで話の骨に勝手な肉をつけて一編未熟の小説を起草して国民新聞に掲げ、後一冊として民友社から出版したのがこの小説不如帰である。
で、不如帰のまずいのは自分が不才のいたすところ、それにも関せず読者の感を惹く節があるなら、それは逗子の夏の一夕にある婦人の口に藉って訴えた「浪子」が自ら読者諸君に語るのである。要するに自分は電話の「線」になったまでのこと。
明治四十二年二月二日昔の武蔵野今は東京府下
北多摩郡千歳村粕谷の里にて
徳冨健次郎識
Preview chapter上編 — 一の一Preview
上州伊香保千明の三階の障子開きて、夕景色をながむる婦人。年は十八九。品よき丸髷に結いて、草色の紐つけし小紋縮緬の被布を着たり。
色白の細面、眉の間ややせまりて、頬のあたりの肉寒げなるが、疵といわば疵なれど、瘠形のすらりとしおらしき人品。これや北風に一輪勁きを誇る梅花にあらず、また霞の春に蝴蝶と化けて飛ぶ桜の花にもあらで、夏の夕やみにほのかににおう月見草、と品定めもしつべき婦人。
春の日脚の西に傾きて、遠くは日光、足尾、越後境の山々、近くは、小野子、子持、赤城の峰々、入り日を浴びて花やかに夕ばえすれば、つい下の榎離れて唖々と飛び行く烏の声までも金色に聞こゆる時、雲二片蓬々然と赤城の背より浮かび出でたり。三階の婦人は、そぞろにその行方をうちまもりぬ。
両手優かにかき抱きつべきふっくりとかあいげなる雲は、おもむろに赤城の巓を離れて、さえぎる物もなき大空を相並んで金の蝶のごとくひらめきつつ、優々として足尾の方へ流れしが、やがて日落ちて黄昏寒き風の立つままに、二片の雲今は薔薇色に褪いつつ、上下に吹き離され、しだいに暮るる夕空を別れ別れにたどると見しもしばし、下なるはいよいよ細りていつしか影も残らず消ゆれば、残れる一片はさらに灰色に褪いて朦乎と空にさまよいしが、
果ては山も空もただ一色に暮れて、三階に立つ婦人の顔のみぞ夕やみに白かりける。
Table of contents
Inside this edition
- 01Full text
- 02第百版不如帰の巻首に
- 03上編 — 一の一
- 04一の二
- 05一の三
- 06二
- 07三の一
- 08三の二
- 09三の三
- 10四の一
- 11四の二
- 12四の三
- 13四の四
- 14五の一
- 15五の二
- 16五の三
- 17五の四
- 18六の一
- 19六の二
- 20七の一
- 21七の二
- 22中編 — 一の一
- 23一の二
- 24二の一
- 25二の二
- 26三の一
- 27三の二
- 28四の一
- 29四の二
- 30四の三
- 31四の四
- 32五の一
- 33五の二
- 34六の一
- 35六の二
- 36六の三
- 37六の四
- 38七の一
- 39七の二
- 40七の三
- 41八の一
- 42八の二
- 43九の一
- 44九の二
- 45十
- 46下編 — 一の一
- 47一の二
- 48一の三
- 49一の四
- 50一の五
- 51二の一
- 52二の二
- 53二の三
- 54二の四
- 55三の一
- 56三の二
- 57四の一
- 58四の二
- 59四の三
- 60四の四
- 61五の一
- 62五の二
- 63五の三
- 64六の一
- 65六の二
- 66七の一
- 67七の二
- 68八の一
- 69八の二
- 70九の一
- 71九の二
- 72九の三
- 73十の一
- 74十の二
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