Japanese Edition
Literature
十三夜
Japanese BooksWhale Edition by Higuchi Ichiyo
結婚、実家、子への思い、身分差を静かに描く、明治女性文学の重要短篇。
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Book introduction
十三夜
『十三夜』は夫との生活に苦しむお関が実家へ戻る一夜を描きます。親子の情、女性の選択、社会的体面、偶然の再会が交錯し、樋口一葉らしい繊細な語りで明治期の結婚制度と個人の痛みを照らします。
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樋口一葉は1896年に没し、『十三夜』は1895年に発表されました。これらの年代は、本日本語版が用いる本文の公版性を支える根拠になります。
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十三夜
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例《いつも》は威勢よき黒ぬり車の、それ門《かど》に音が止まつた娘ではないかと両親《ふたおや》に出迎はれつる物を、今宵《こよひ》は辻《つぢ》より飛《とび》のりの車さへ帰して悄然《しよんぼり》と格子戸《かうしど》の外に立てば、家内《うち》には父親が相かはらずの高声、いはば私《わし》も福人《ふくじん》の一人、いづれも柔順《おとな》しい子供を持つて育てるに手は懸《かか》らず人には褒められる、分外の欲さへ渇かねばこの上に望みもなし、やれやれ有難い事と物がたられる、あの相手は定めし母様《ははさん》、ああ何も御存じなしにあのやうに喜んでお出《いで》遊ばす物を、どの顔さげて離縁状もらふて下されと言はれた物か、叱《し》かられるは必定、太郎と言ふ子もある身にて置いて駆け出して来るまでには種々《いろいろ》思案もし尽しての後《のち》なれど、今更にお老人《としより》を驚かしてこれまでの喜びを水の泡《あわ》にさせまする事つらや、寧《いつ》そ話さずに戻ろうか、戻れば太郎の母と言はれて何時々々《いついつ》までも原田の奥様、御両親に奏任の聟《むこ》がある身と自慢させ、私《わたし》さへ身を節倹《つめ》れば時たまはお口に合ふ物お小遣《こづか》ひも差あげられるに、思ふままを通して離縁とならば太郎には継母《ままはは》の憂《う》き目を見せ、御両親には今までの自慢の鼻にはかに低くさせまして、人の思はく、弟《おとと》の行末、ああこの身一つの心から出世の真《しん》も止めずはならず、戻らうか、戻らうか、あの鬼のやうな我良人《わがつま》のもとに戻らうか、あの鬼の、鬼の良人《つま》のもとへ、ゑゑ厭《い》や厭《い》やと身をふるはす途端、よろよろとして思はず格子にがたりと音さすれば、誰れだと大きく父親の声、道ゆく悪太郎の悪戯《いたづら》とまがへてなるべし。
外なるはおほほと笑ふて、お父様《とつさん》私で御座んすといかにも可愛《かわゆ》き声、や、誰《た》れだ、誰れであつたと障子を引明《ひきあけ》て、ほうお関《せき》か、何だなそんな処《ところ》に立つてゐて、どうして又このおそくに出かけて来た、車もなし、女中も連れずか、やれやれま早く中へ這入《はい》れ、さあ這入れ、どうも不意に驚かされたやうでまごまごするわな、格子は閉めずとも宜《よ》い私《わ》しが閉める、ともかくも奥が好《い》い、ずつとお月様のさす方へ、さ、蒲団《ふとん》へ乗れ、蒲団へ、どうも畳が汚ないので大屋に言つては置いたが職人の都合があると言ふてな、遠慮も何も入らない着物がたまらぬからそれを敷ひてくれ、やれやれどうしてこの遅くに出て来たお宅《うち》では皆お変りもなしかと例《いつ》に替らずもてはやさるれば、針の席《むしろ》にのる様にて奥さま扱かひ情なくじつと涕《なみだ》を呑込《のみこん》で、はい誰れも時候の障《さわ》りも御座りませぬ、私は申訳《まをしわけ》のない御無沙汰してをりましたが貴君《あなた》もお母様《つかさん》も御機嫌よくいらつしやりますかと問へば、いやもう私《わし》は嚏《くさみ》一つせぬ位、お袋は時たま例の血の道と言ふ奴を始めるがの、それも蒲団かぶつて半日も居ればけろけろとする病だから子細はなしさと元気よく呵々《からから》と笑ふに、亥之《ゐの》さんが見えませぬが今晩は何処《どちら》へか参りましたか、あの子も替らず勉強で御座んすかと問へば、母親はほたほたとして茶を進めながら、亥之は今しがた夜学に出て行《ゆき》ました、あれもお前お蔭《かげ》さまでこの間は昇給させて頂いたし、課長様が可愛《かわゆ》がつて下さるのでどれ位心丈夫であらう、これと言ふもやつぱり原田さんの縁引《ゑん》が有るからだとて宅《うち》では毎日いひ暮してゐます、お前に如才は有るまいけれどこの後《ご》とも原田さんの御機嫌の好いやうに、亥之はあの通り口の重い質《たち》だし何《いづ》れお目に懸つてもあつけない御挨拶《ごあいさつ》よりほか出来まいと思はれるから、何分ともお前が中に立つて私どもの心が通じるやう、亥之が行末をもお頼み申《まをし》て置ておくれ、ほんに替り目で陽気が悪いけれど太郎《たろ》さんは何時《いつ》も悪戯《おいた》をしてゐますか、何故《なぜ》に今夜は連れてお出《いで》でない、お祖父《ぢい》さんも恋しがつてお出なされた物をと言はれて、又今更にうら悲しく、連れて来やうと思ひましたけれどあの子は宵まどひでもう疾《と》うに寐《ね》ましたからそのまま置いて参りました、本当に悪戯《いたづら》ばかりつのりまして聞わけとては少しもなく、外へ出れば跡を追ひまするし、家内《うち》に居れば私の傍ばつかり覗《ねら》ふて、ほんにほんに手が懸つて成ませぬ、何故《なぜ》あんなで御座りませうと言ひかけて思ひ出しの涙むねの中に漲《みなぎ》るやうに、思ひ切つて置いては来たれど今頃は目を覚して母《かか》さん母さんと婢女《をんな》どもを迷惑がらせ、煎餅《おせん》やおこしの※《たら》しも利《き》かで、皆々手を引いて鬼に喰はすと威《おど》かしてでもゐやう、ああ可愛さうな事をと声たてても泣きたきを、さしも両親《ふたおや》の機嫌よげなるに言ひ出《いで》かねて、烟《けむり》にまぎらす烟草《たばこ》二三服、空咳《からせき》こんこんとして涙を襦袢《じゆばん》の袖《そで》にかくしぬ。
今宵は旧暦の十三夜、旧弊なれどお月見の真似事に団子《いしいし》をこしらへてお月様にお備へ申せし、これはお前も好物なれば少々なりとも亥之助に持たせて上やうと思ふたれど、亥之助も何か極《きま》りを悪るがつてその様な物はお止《よし》なされと言ふし、十五夜にあげなんだから片月見《かたつきみ》に成つても悪るし、喰べさせたいと思ひながら思ふばかりで上る事が出来なんだに、今夜来てくれるとは夢の様な、ほんに心が届いたのであらう、自宅《うち》で甘《うま》い物はいくらも喰べやうけれど親のこしらいたは又別物、奥様気を取すてて今夜は昔しのお関になつて、見得を搆《かま》はず豆なり栗なり気に入つたを喰べて見せておくれ、いつでも父様《ととさん》と噂《うわさ》すること、出世は出世に相違なく、人の見る目も立派なほど、お位の宜《い》い方々や御身分のある奥様がたとの御交際《おつきあひ》もして、ともかくも原田の妻と名告《なのつ》て通るには気骨の折れる事もあらう、女子《をんな》どもの使ひやう出入りの者の行渡り、人の上に立つものはそれだけに苦労が多く、里方がこの様な身柄では猶更《なほさら》のこと人に侮《あなど》られぬやうの心懸けもしなければ成るまじ、それを種々《さまざま》に思ふて見ると父《とと》さんだとて私だとて孫なり子なりの顔の見たいは当然《あたりまへ》なれど、余《あんま》りうるさく出入りをしてはと控へられて、ほんに御門の前を通る事はありとも木綿着物に毛繻子《けじゆす》の洋傘《かふもり》さした時には見す見すお二階の簾《すだれ》を見ながら、吁《ああ》お関は何をしてゐる事かと思ひやるばかり行過《ゆきす》ぎてしまひまする、実家でも少し何とか成つてゐたならばお前の肩身も広からうし、同じくでも少しは息のつけやう物を、何を云ふにもこの通り、お月見の団子《いしいし》をあげやうにも重箱《おぢう》からしてお恥かしいでは無からうか、ほんにお前の心遣ひが思はれると嬉しき中にも思ふままの通路が叶《かな》はねば、愚痴の一トつかみ賤《いや》しき身分を情なげに言はれて、本当に私は親不孝だと思ひまする、それは成程|和《やは》らかひ衣類《きもの》きて手車に乗りあるく時は立派らしくも見えませうけれど、父《とと》さんや母《かか》さんにかうして上やうと思ふ事も出来ず、いはば自分の皮一重、寧《いつ》そ賃仕事してもお傍で暮した方が余《よ》つぽど快よう御座いますと言ひ出すに、馬鹿、馬鹿、その様な事を仮にも言ふてはならぬ、嫁に行つた身が実家《さと》の親の貢《みつぎ》をするなどと思ひも寄らぬこと、家《うち》に居る時は斎藤の娘、嫁入つては原田の奥方ではないか、勇《いさむ》さんの気に入る様にして家の内を納めてさへ行けば何の子細は無い、骨が折れるからとてそれだけの運のある身ならば堪へられぬ事は無い筈《はづ》、女などと言ふ者はどうも愚痴で、お袋などがつまらぬ事を言ひ出すから困り切る、いやどうも団子を喰べさせる事が出来ぬとて一日大立腹であつた、大分熱心で調製《こしらへ》たものと見えるから十分に喰べて安心させて遣つてくれ、余程|甘《うま》からうぞと父親《てておや》の滑稽《おどけ》を入れるに、再び言ひそびれて御馳走の栗枝豆ありがたく頂戴をなしぬ。
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さやけき月に風のおと添ひて、虫の音《ね》たえだえに物がなしき上野へ入りてよりまだ一町もやうやうと思ふに、いかにしたるか車夫はぴつたりと轅《かぢ》を止めて、誠に申かねましたが私はこれで御免を願ひます、代は入りませぬからお下《お》りなすつてと突然《だしぬけ》にいはれて、思ひもかけぬ事なれば阿関は胸をどつきりとさせて、あれお前そんな事を言つては困るではないか、少し急ぎの事でもあり増しは上げやうほどに骨を折つておくれ、こんな淋しい処では代りの車も有るまいではないか、それはお前人困らせといふ物、愚図らずに行つておくれと少しふるへて頼むやうに言へば、増しが欲しいと言ふのでは有ませぬ、私からお願ひですどうぞお下りなすつて、もう引くのが厭《い》やに成つたので御座りますと言ふに、それではお前加減でも悪るいか、まあどうしたと言ふ訳、此処《ここ》まで挽《ひ》いて来て厭やに成つたでは済むまいがねと声に力を入れて車夫を叱れば、御免なさいまし、もうどうでも厭やに成つたのですからとて提燈《ちようちん》を持《もち》しまま不図|脇《わき》へのがれて、お前は我ままの車夫《くるまや》さんだね、それならば約定《きめ》の処までとは言ひませぬ、代りのある処《とこ》まで行つてくれればそれでよし、代はやるほどに何処か※処《そこ》らまで、切《せ》めて広小路までは行つておくれと優しい声にすかす様にいへば、なるほど若いお方ではありこの淋しい処へおろされては定めしお困りなさりませう、これは私が悪う御座りました、ではお乗せ申ませう、お供を致しませう、さぞお驚きなさりましたろうとて悪者《わる》らしくもなく提燈を持かゆるに、お関もはじめて胸をなで、心丈夫に車夫の顔を見れば二十五六の色黒く、小男の痩《や》せぎす、あ、月に背《そむ》けたあの顔が誰《た》れやらで有つた、誰れやらに似てゐると人の名も咽元《のどもと》まで転《ころ》がりながら、もしやお前さんはと我知らず声をかけるに、ゑ、と驚いて振あふぐ男、あれお前さんはあのお方では無いか、私をよもやお忘れはなさるまいと車より濘《すべ》るやうに下りてつくづくと打まもれば、貴嬢《あなた》は斎藤の阿関さん、面目も無いこんな姿《なり》で、背後《うしろ》に目が無ければ何の気もつかずにいました、それでも音声《ものごゑ》にも心づくべき筈《はづ》なるに、私は余程《よつぽど》の鈍に成りましたと下を向いて身を恥れば、阿関は頭《つむり》の先より爪先《つまさき》まで眺めていゑいゑ私だとて往来で行逢《いきあ》ふた位ではよもや貴君《あなた》と気は付きますまい、唯《たつ》た今の先までも知らぬ他人の車夫《くるまや》さんとのみ思ふてゐましたに御存じないは当然《あたりまへ》、勿体《もつたい》ない事であつたれど知らぬ事なればゆるして下され、まあ何時《いつ》からこんな業《こと》して、よくそのか弱い身に障りもしませぬか、伯母さんが田舎へ引取られてお出《いで》なされて、小川町《をがはまち》のお店《みせ》をお廃《や》めなされたといふ噂《うわさ》は他処《よそ》ながら聞いてもゐましたれど、私も昔しの身でなければ種々《いろいろ》と障る事があつてな、お尋ね申すは更なること手紙あげる事も成ませんかつた、今は何処に家を持つて、お内儀《かみ》さんも御健勝《おまめ》か、小児《ちツさい》のも出来てか、今も私は折ふし小川町の勧工場《くわんこうば》見物《み》に行《ゆき》まする度々《たびたび》、旧《もと》のお店がそつくりそのまま同じ烟草店《たばこみせ》の能登《のと》やといふに成つてゐまするを、何時通つても覗《のぞ》かれて、ああ高坂《かうさか》の録《ろく》さんが子供であつたころ、学校の行返《ゆきもど》りに寄つては巻烟草のこぼれを貰ふて、生意気らしう吸立てた物なれど、今は何処に何をして、気の優しい方なればこんなむづかしい世にどのやうの世渡りをしてお出《いで》ならうか、それも心にかかりまして、実家へ行く度に御様子を、もし知つてもゐるかと聞いては見まするけれど、猿楽町《さるがくてう》を離れたのは今で五年の前、根つからお便りを聞く縁がなく、どんなにお懐《なつか》しう御座んしたらうと我身のほどをも忘れて問ひかくれば、男は流れる汗を手拭にぬぐふて、お恥かしい身に落まして今は家《うち》と言ふ物も御座りませぬ、寐処は浅草町の安宿、村田といふが二階に転がつて、気に向ひた時は今夜のやうに遅くまで挽く事もありまするし、厭やと思へば日がな一日ごろごろとして烟《けぶり》のやうに暮してゐまする、貴嬢《あなた》は相変らずの美くしさ、奥様にお成りなされたと聞いた時からそれでも一度は拝む事が出来るか、一生の内に又お言葉を交はす事が出来るかと夢のやうに願ふてゐました、今日までは入用《いりよう》のない命と捨て物に取あつかふてゐましたけれど命があればこその御対面、ああ宜く私《わたくし》を高坂の録之助《ろくのすけ》と覚えてゐて下さりました、辱《かたじけ》なう御座りますと下を向くに、阿関はさめざめとして誰れも憂き世に一人と思ふて下さるな。
してお内儀《かみ》さんはと阿関の問へば、御存じで御座りましよ筋向ふの杉田やが娘、色が白いとか恰好《かつかう》がどうだとか言ふて世間の人は暗雲《やみくも》に褒めたてた女《もの》で御座ります、私が如何《いか》にも放蕩《のら》をつくして家へとては寄りつかぬやうに成つたを、貰ふべき頃に貰ふ物を貰はぬからだと親類の中の解らずやが勘違ひして、あれならばと母親が眼鏡にかけ、是非もらへ、やれ貰へと無茶苦茶に進めたてる五月蠅《うるさ》さ、どうなりと成れ、成れ、勝手に成れとてあれを家へ迎へたは丁度貴嬢が御懐妊だと聞ました時分の事、一年目には私が処にもお目出たうを他人《ひと》からは言はれて、犬張子や風車を並べたてる様に成りましたれど、何のそんな事で私が放蕩《のら》のやむ事か、人は顔の好い女房を持たせたら足が止まるか、子が生れたら気が改まるかとも思ふてゐたのであらうなれど、たとへ小町と西施《せいし》と手を引いて来て、衣通姫《そとほりひめ》が舞ひを舞つて見せてくれても私の放蕩《のら》は直らぬ事に極めて置いたを、何で乳くさい子供の顔見て発心《ほつしん》が出来ませう、遊んで遊んで遊び抜いて、呑《の》んで呑んで呑み尽して、家も稼業《かげふ》もそつち除《の》けに箸《はし》一本もたぬやうに成つたは一昨々年《さきおととし》、お袋は田舎へ嫁入つた姉の処に引取つて貰ひまするし、女房《にようぼ》は子をつけて実家《さと》へ戻したまま音信《いんしん》不通、女の子ではあり惜しいとも何とも思ひはしませぬけれど、その子も昨年の暮チプスに懸つて死んださうに聞ました、女はませな物ではあり、死ぬ際《ぎは》には定めし父様《ととさん》とか何とか言ふたので御座りましよう、今年居れば五つになるので御座りました、何のつまらぬ身の上、お話しにも成りませぬ。
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