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悲しき玩具 cover

Japanese Edition

Literature

悲しき玩具

Japanese BooksWhale Edition by 石川啄木

病と貧困に揺れる日々を平明な言葉で刻み、生活の細部から孤独や愛情をすくい上げる啄木の第二歌集。

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Book introduction

悲しき玩具

石川啄木の没後に刊行された第二歌集。晩年の短歌194首に、歌論「一利己主義者と友人との対話」と「歌のいろいろ」を収める。病床の感覚、家族への思い、働くことへの疲れ、都市生活の孤独が、三行書きの短い言葉から浮かび上がる。二つの歌論では、日々の暮らしと歌の関係、自己への問い、言葉と表現の自由をたどる。短歌と歌論をあわせて、啄木の晩年の生活感覚と詩歌観に触れる日本語原文。

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This edition is based on a public domain text and has been prepared for digital reading by BooksWhale.

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石川啄木(1886—1912)の日本語原著。作者の没年に基づき原作の著作権保護期間は満了している。青空文庫の原文を底本とし、現代の解説や入力・校正情報は本文に含めない。

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悲しき玩具

石川啄木

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呼吸すれば、 胸の中にて鳴る音あり。 凩よりもさびしきその音!

眼閉づれど、 心にうかぶ何もなし。 さびしくも、また、眼をあけるかな。

途中にてふと気が変り、 つとめ先を休みて、今日も、 河岸をさまよへり。

咽喉がかわき、 まだ起きてゐる果物屋を探しに行きぬ。 秋の夜ふけに。

遊びに出て子供かへらず、 取り出して 走らせて見る玩具の機関車。

本を買ひたし、本を買ひたしと、 あてつけのつもりではなけれど、 妻に言ひてみる。

旅を思ふ夫の心! 叱り、泣く、妻子の心! 朝の食卓!

家を出て五町ばかりは、 用のある人のごとくに 歩いてみたれど――

痛む歯をおさへつつ、 日が赤赤と、 冬の靄の中にのぼるを見たり。

いつまでも歩いてゐねばならぬごとき 思ひ湧き来ぬ、 深夜の町町。

なつかしき冬の朝かな。 湯をのめば、 湯気がやはらかに、顔にかかれり。

何となく、 今朝は少しく、わが心明るきごとし。 手の爪を切る。

うっとりと 本の挿絵に眺め入り、 煙草の煙吹きかけてみる。

途中にて乗換の電車なくなりしに、 泣かうかと思ひき。 雨も降りてゐき。

二晩おきに、 夜の一時頃に切通の坂を上りしも―― 勤めなればかな。

しっとりと 酒のかをりにひたりたる 脳の重みを感じて帰る。

今日もまた酒のめるかな! 酒のめば 胸のむかつく癖を知りつつ。

何事か今我つぶやけり。 かく思ひ、 目をうちつぶり、酔ひを味ふ。

すっきりと酔ひのさめたる心地よさよ! 夜中に起きて、 墨を磨るかな。

真夜中の出窓に出でて、 欄干の霜に 手先を冷やしけるかな。

どうなりと勝手になれといふごとき わがこのごろを ひとり恐るる。

手も足もはなればなれにあるごとき ものうき寝覚! かなしき寝覚!

朝な朝な 撫でてかなしむ、 下にして寝た方の腿のかろきしびれを。

曠野ゆく汽車のごとくに、 このなやみ、 ときどき我の心を通る。

みすぼらしき郷里の新聞ひろげつつ、 誤植ひろへり。 今朝のかなしみ。

誰か我を 思ふ存分叱りつくる人あれと思ふ。 何の心ぞ。

何がなく 初恋人のおくつきに詣づるごとし。 郊外に来ぬ。

なつかしき 故郷にかへる思ひあり、 久し振りにて汽車に乗りしに。

新しき明日の来るを信ずといふ 自分の言葉に 嘘はなけれど――

考へれば、 ほんとに欲しと思ふこと有るやうで無し。 煙管をみがく。

今日ひょいと山が恋しくて 山に来ぬ。 去年腰掛けし石をさがすかな。

朝寝して新聞読む間なかりしを 負債のごとく 今日も感ずる。

よごれたる手をみる―― ちゃうど この頃の自分の心に対ふがごとし。

よごれたる手を洗ひし時の かすかなる満足が 今日の満足なりき。

年明けてゆるめる心! うっとりと 来し方をすべて忘れしごとし。

昨日まで朝から晩まで張りつめし あのこころもち 忘れじと思へど。

戸の面には羽子突く音す。 笑う声す。 去年の正月にかへれるごとし。

何となく、 今年はよい事あるごとし。 元日の朝、晴れて風無し。

腹の底より欠伸もよほし ながながと欠伸してみぬ、 今年の元日。

いつの年も、 似たよな歌を二つ三つ 年賀の文に書いてよこす友。

正月の四日になりて あの人の 年に一度の葉書も来にけり。

世におこなひがたき事のみ考へる われの頭よ! 今年もしかるか。

人がみな 同じ方角に向いて行く。 それを横より見てゐる心。

いつまでか、 この見飽きたる懸額を このまま懸けておくことやらむ。

ぢりぢりと、 蝋燭の燃えつくるごとく、 夜となりたる大晦日かな。

青塗の瀬戸の火鉢によりかかり、 眼閉ぢ、眼を開け、 時を惜めり。

何となく明日はよき事あるごとく 思ふ心を 叱りて眠る。

過ぎゆける一年のつかれ出しものか、 元日といふに うとうと眠し。

それとなく その由るところ悲しまる、 元日の午後の眠たき心。

ぢっとして、 蜜柑のつゆに染まりたる爪を見つむる 心もとなさ!

手を打ちて 眠気の返事きくまでの そのもどかしさに似たるもどかしさ!

やみがたき用を忘れ来ぬ―― 途中にて口に入れたる ゼムのためなりし。

すっぽりと蒲団をかぶり、 足をちぢめ、 舌を出してみぬ、誰にともなしに。

いつしかに正月も過ぎて、 わが生活が またもとの道にはまり来れり。

神様と議論して泣きし―― あの夢よ! 四日ばかりも前の朝なりし。

家にかへる時間となるを、 ただ一つの待つことにして、 今日も働けり。

いろいろの人の思はく はかりかねて、 今日もおとなしく暮らしたるかな。

おれが若しこの新聞の主筆ならば、 やらむ――と思ひし いろいろの事!

石狩の空知郡の 牧場のお嫁さんより送り来し バタかな。

外套の襟に頤を埋め、 夜ふけに立どまりて聞く。 よく似た声かな。

Yといふ符牒、 古日記の処処にあり―― Yとはあの人の事なりしかな。

百姓の多くは酒をやめしといふ。 もっと困らば、 何をやめるらむ。

目さまして直ぐの心よ! 年よりの家出の記事にも 涙出でたり。

人とともに事をはかるに 適せざる、 わが性格を思ふ寝覚かな。

何となく、 案外に多き気もせらる、 自分と同じこと思ふ人。

自分よりも年若き人に、 半日も気焔を吐きて、 つかれし心!

珍らしく、今日は、 議会を罵りつつ涙出でたり。 うれしと思ふ。

ひと晩に咲かせてみむと、 梅の鉢を火に焙りしが、 咲かざりしかな。

あやまちて茶碗をこはし、 物をこはす気持のよさを、 今朝も思へる。

猫の耳を引っぱりてみて、 にゃと啼けば、 びっくりして喜ぶ子供の顔かな。

何故かうかとなさけなくなり、 弱い心を何度も叱り、 金かりに行く。

待てど待てど、 来る筈の人の来ぬ日なりき、 机の位置を此処に変へしは。

古新聞! おやここにおれの歌の事を賞めて書いてあり、 二三行なれど。

引越しの朝の足もとに落ちてゐぬ、 女の写真! 忘れゐし写真!

その頃は気もつかざりし 仮名ちがひの多きことかな、 昔の恋文!

八年前の 今のわが妻の手紙の束! 何処に蔵ひしかと気にかかるかな。

眠られぬ癖のかなしさよ! すこしでも 眠気がさせば、うろたへて寝る。

笑ふにも笑はれざりき―― 長いこと捜したナイフの 手の中にありしに。

Preview chapter一利己主義者と友人との対話Preview

B おい、おれは今度また引越しをしたぜ。

A そうか。君は来るたんび引越しの披露をして行くね。

B それは僕には引越し位の外に何もわざわざ披露するような事件が無いからだ。

A 葉書でも済むよ。

B しかし今度のは葉書では済まん。

A どうしたんだ。何日かの話の下宿の娘から縁談でも申込まれて逃げ出したのか。

B 莫迦なことを言え。女の事なんか近頃もうちっとも僕の目にうつらなくなった。女より食物だね。好きな物を食ってさえいれあ僕には不平はない。

A 殊勝な事を言う。それでは今度の下宿はうまい物を食わせるのか。

B 三度三度うまい物ばかり食わせる下宿が何処にあるもんか。

A 安下宿ばかりころがり歩いた癖に。

B 皮肉るない。今度のは下宿じゃないんだよ。僕はもう下宿生活には飽き飽きしちゃった。

A よく自分に飽きないね。

B 自分にも飽きたさ。飽きたから今度の新生活を始めたんだ。室だけ借りて置いて、飯は三度とも外へ出て食うことにしたんだよ。

A 君のやりそうなこったね。

B そうかね。僕はまた君のやりそうなこったと思っていた。

A 何故。

B 何故ってそうじゃないか。第一こんな自由な生活はないね。居処って奴は案外人間を束縛するもんだ。何処かへ出ていても、飯時になれあ直ぐ家のことを考える。あれだけでも僕みたいな者にゃ一種の重荷だよ。それよりは何処でも構わず腹の空いた時に飛び込んで、自分の好きな物を食った方が可じゃないか。(間)何でも好きなものが食えるんだからなあ。初めの間は腹のへって来るのが楽みで、一日に五回ずつ食ってやった。出掛けて行って食って来て、煙草でも喫んでるとまた直ぐ食いたくなるんだ。

A 飯の事をそう言えや眠る場所だってそうじゃないか。毎晩毎晩同じ夜具を着て寝るってのも余り有難いことじゃないね。

B それはそうさ。しかしそれは仕方がない。身体一つならどうでも可いが、机もあるし本もある。あんな荷物をどっさり持って、毎日毎日引越して歩かなくちゃならないとなったら、それこそ苦痛じゃないか。

A 飯のたんびに外に出なくちゃならないというのと同じだ。

B 飯を食いに行くには荷物はない。身体だけで済むよ。食いたいなあと思った時、ひょいと立って帽子を冠って出掛けるだけだ。財布さえ忘れなけや可い。ひと足ひと足うまい物に近づいて行くって気持は実に可いね。

A ひと足ひと足新しい眠りに近づいて行く気持はどうだね。ああ眠くなったと思った時、てくてく寝床を探しに出かけるんだ。昨夜は隣の室で女の泣くのを聞きながら眠ったっけが、今夜は何を聞いて眠るんだろうと思いながら行くんだ。初めての宿屋じゃ此方の誰だかをちっとも知らない。知った者の一人もいない家の、行燈か何かついた奥まった室に、やわらかな夜具の中に緩くり身体を延ばして安らかな眠りを待ってる気持はどうだね。

B それあ可いさ。君もなかなか話せる。

A 可いだろう。毎晩毎晩そうして新しい寝床で新しい夢を結ぶんだ。(間)本も机も棄てっちまうさ。何もいらない。本を読んだってどうもならんじゃないか。

B ますます話せる。しかしそれあ話だけだ。初めのうちはそれで可いかも知れないが、しまいにはきっとおっくうになる。やっぱり何処かに落付いてしまうよ。

A 飯を食いに出かけるのだってそうだよ。見給え、二日経つと君はまた何処かの下宿にころがり込むから。

B ふむ。おれは細君を持つまでは今の通りやるよ。きっとやってみせるよ。

A 細君を持つまでか。可哀想に。(間)しかし羨ましいね君の今のやり方は、実はずっと前からのおれの理想だよ。もう三年からになる。

B そうだろう。おれはどうも初め思いたった時、君のやりそうなこったと思った。

A 今でもやりたいと思ってる。たった一月でも可い。

B どうだ、おれん処へ来て一緒にやらないか。可いぜ。そして飽きたら以前に帰るさ。

A しかし厭だね。

B 何故。おれと一緒が厭なら一人でやっても可いじゃないか。

A 一緒でも一緒でなくても同じことだ。君は今それを始めたばかりで大いに満足してるね。僕もそうに違いない。やっぱり初めのうちは日に五度も食事をするかも知れない。しかし君はそのうちに飽きてしまっておっくうになるよ。そうしておれん処へ来て、また引越しの披露をするよ。その時おれは、「とうとう飽きたね」と君に言うね。

B 何だい。もうその時の挨拶まで工夫してるのか。

A まあさ。「とうとう飽きたね」と君に言うね。それは君に言うのだから可い。おれは其奴を自分には言いたくない。

B 相不変厭な男だなあ、君は。

A 厭な男さ。おれもそう思ってる。

B 君は何日か――あれは去年かな――おれと一緒に行って淫売屋から逃げ出した時もそんなことを言った。

A そうだったかね。

B 君はきっと早く死ぬ。もう少し気を広く持たなくちゃ可かんよ。一体君は余りアンビシャスだから可かん。何だって真の満足ってものは世の中に有りやしない。従って何だって飽きる時が来るに定ってらあ。飽きたり、不満足になったりする時を予想して何にもせずにいる位なら、生れて来なかった方が余っ程可いや。生れた者はきっと死ぬんだから。

A 笑わせるない。

B 笑ってもいないじゃないか。

A 可笑しくもない。

B 笑うさ。可笑しくなくったって些たあ笑わなくちゃ可かん。はは。(間)しかし何だね。君は自分で飽きっぽい男だと言ってるが、案外そうでもないようだね。

A 何故。

B 相不変歌を作ってるじゃないか。

A 歌か。

B 止めたかと思うとまた作る。執念深いところが有るよ。やっぱり君は一生歌を作るだろうな。

A どうだか。

B 歌も可いね。こないだ友人とこへ行ったら、やっぱり歌を作るとか読むとかいう姉さんがいてね。君の事を話してやったら、「あの歌人はあなたのお友達なんですか」って喫驚していたよ。おれはそんなに俗人に見えるのかな。

A 「歌人」は可かったね。

B 首をすくめることはないじゃないか。おれも実は最初変だと思ったよ。Aは歌人だ! 何んだか変だものな。しかし歌を作ってる以上はやっぱり歌人にゃ違いないよ。おれもこれから一つ君を歌人扱いにしてやろうと思ってるんだ。

A 御馳走でもしてくれるのか。

B 莫迦なことを言え。一体歌人にしろ小説家にしろ、すべて文学者といわれる階級に属する人間は無責任なものだ。何を書いても書いたことに責任は負わない。待てよ、これは、何日か君から聞いた議論だったね。

Table of contents

Inside this edition

  1. 01Full text
  2. 02短歌
  3. 03一利己主義者と友人との対話
  4. 04歌のいろ〳〵
  5. 05(一)
  6. 06(二)
  7. 07(三)
  8. 08(四)

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