
Japanese Edition
Literature
みだれ髪
Japanese BooksWhale Edition by Akiko Yosano
恋愛と青春の感覚を大胆な言葉で詠んだ与謝野晶子の第一歌集を、六つの部のまとまりに沿って読む。
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Book introduction
みだれ髪
『みだれ髪』は、与謝野晶子が恋愛、身体、芸術への憧れを鮮やかな短歌に表した第一歌集である。「臙脂紫」「蓮の花船」「白百合」「はたち妻」「舞姫」「春思」の六部を収める。情景の色彩と率直な感情が結びつく歌を、原文の語句と配列を保ちながら読むことができる。
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与謝野晶子は1942年没。本版は1901年刊行の作品の日本語原文を青空文庫の公開テキストから収録し、底本情報、入力注、画像を除く。
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みだれ髪
与謝野晶子
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夜の帳にささめき尽きし星の今を下界の人の鬢のほつれよ
歌にきけな誰れ野の花に紅き否むおもむきあるかな春罪もつ子
髪五尺ときなば水にやはらかき少女ごころは秘めて放たじ
血ぞもゆるかさむひと夜の夢のやど春を行く人神おとしめな
椿それも梅もさなりき白かりきわが罪問はぬ色桃に見る
その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな
堂の鐘のひくきゆふべを前髪の桃のつぼみに経たまへ君
紫にもみうらにほふみだれ篋をかくしわづらふ宵の春の神
臙脂色は誰にかたらむ血のゆらぎ春のおもひのさかりの命
紫の濃き虹説きしさかづきに映る春の子眉毛かぼそき
紺青を絹にわが泣く春の暮やまぶきがさね友歌ねびぬ
まゐる酒に灯あかき宵を歌たまへ女はらから牡丹に名なき
海棠にえうなくときし紅すてて夕雨みやる瞳よたゆき
水にねし嵯峨の大堰のひと夜神絽蚊帳の裾の歌ひめたまへ
春の国恋の御国のあさぼらけしるきは髪か梅花のあぶら
今はゆかむさらばと云ひし夜の神の御裾さはりてわが髪ぬれぬ
細きわがうなじにあまる御手のべてささへたまへな帰る夜の神
清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき
秋の神の御衣より曳く白き虹ものおもふ子の額に消えぬ
経はにがし春のゆふべを奥の院の二十五菩薩歌うけたまへ
山ごもりかくてあれなのみをしへよ紅つくるころ桃の花さかむ
とき髪に室むつまじの百合のかをり消えをあやぶむ夜の淡紅色よ
雲ぞ青き来し夏姫が朝の髪うつくしいかな水に流るる
夜の神の朝のり帰る羊とらへちさき枕のしたにかくさむ
みぎはくる牛かひ男歌あれな秋のみづうみあまりさびしき
やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君
許したまへあらずばこその今のわが身うすむらさきの酒うつくしき
わすれがたきとのみに趣味をみとめませ説かじ紫その秋の花
人かへさず暮れむの春の宵ごこち小琴にもたす乱れ乱れ髪
たまくらに鬢のひとすぢきれし音を小琴と聞きし春の夜の夢
春雨にぬれて君こし草の門よおもはれ顔の海棠の夕
小草いひぬ『酔へる涙の色にさかむそれまで斯くて覚めざれな少女』
牧場いでて南にはしる水ながしさても緑の野にふさふ君
春よ老いな藤によりたる夜の舞殿ゐならぶ子らよ束の間老いな
雨みゆるうき葉しら蓮絵師の君に傘まゐらする三尺の船
御相いとどしたしみやすきなつかしき若葉木立の中の盧遮那仏
さて責むな高きにのぼり君みずや紅の涙の永劫のあと
春雨にゆふべの宮をまよひ出でし小羊君をのろはしの我れ
ゆあみする泉の底の小百合花二十の夏をうつくしと見ぬ
みだれごこちまどひごこちぞ頻なる百合ふむ神に乳おほひあへず
くれなゐの薔薇のかさねの唇に霊の香のなき歌のせますな
旅のやど水に端居の僧の君をいみじと泣きぬ夏の夜の月
春の夜の闇の中くるあまき風しばしかの子が髪に吹かざれ
水に飢ゑて森をさまよふ小羊のそのまなざしに似たらずや君
誰ぞ夕ひがし生駒の山の上のまよひの雲にこの子うらなへ
悔いますなおさへし袖に折れし剣つひの理想の花に刺あらじ
額ごしに暁の月みる加茂川の浅水色のみだれ藻染よ
御袖くくりかへりますかの薄闇の欄干夏の加茂川の神
なほ許せ御国遠くば夜の御神紅盃船に送りまゐらせむ
狂ひの子われに焔の翅かろき百三十里あわただしの旅
今ここにかへりみすればわがなさけ闇をおそれぬめしひに似たり
うつくしき命を惜しと神のいひぬ願ひのそれは果してし今
わかき小指胡紛をとくにまどひあり夕ぐれ寒き木蓮の花
ゆるされし朝よそほひのしばらくを君に歌へな山の鶯
ふしませとその間さがりし春の宵衣桁にかけし御袖かづきぬ
みだれ髪を京の島田にかへし朝ふしてゐませの君ゆりおこす
しのび足に君を追ひゆく薄月夜右のたもとの文がらおもき
紫に小草が上へ影おちぬ野の春かぜに髪けづる朝
絵日傘をかなたの岸の草になげわたる小川よ春の水ぬるき
しら壁へ歌ひとつ染めむねがひにて笠はあらざりき二百里の旅
嵯峨の君を歌に仮せなの朝のすさびすねし鏡のわが夏姿
ふさひ知らぬ新婦かざすしら萩に今宵の神のそと片笑みし
ひと枝の野の梅をらば足りぬべしこれかりそめのかりそめの別れ
鶯は君が夢よともどきながら緑のとばりそとかかげ見る
紫の紅の滴り花におちて成りしかひなの夢うたがふな
ほととぎす嵯峨へは一里京へ三里水の清瀧夜の明けやすき
紫の理想の雲はちぎれ/\仰ぐわが空それはた消えぬ
乳ぶさおさへ神秘のとばりそとけりぬここなる花の紅ぞ濃き
神の背にひろきながめをねがはずや今かたかたの袖こむらさき
とや心朝の小琴の四つの緒のひとつを永久に神きりすてし
ひく袖に片笑もらす春ぞわかき朝のうしほの恋のたはぶれ
くれの春隣すむ画師うつくしき今朝山吹に声わかかりし
郷人にとなり邸のしら藤の花はとのみに問ひもかねたる
人にそひて樒ささぐるこもり妻母なる君を御墓に泣きぬ
なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな
おばしまにおもひはてなき身をもたせ小萩をわたる秋の風見る
ゆあみして泉を出でしわがはだにふるるはつらき人の世のきぬ
売りし琴にむつびの曲をのせしひびき逢魔がどきの黒百合折れぬ
うすものの二尺のたもとすべりおちて蛍ながるる夜風の青き
恋ならぬねざめたたずむ野のひろさ名なし小川のうつくしき夏
このおもひ何とならむのまどひもちしその昨日すらさびしかりし我れ
おりたちてうつつなき身の牡丹見ぬそぞろや夜を蝶のねにこし
その涙のごふえにしは持たざりきさびしの水に見し二十日月
水十里ゆふべの船をあだにやりて柳による子ぬかうつくしき(をとめ)
旅の身の大河ひとつまどはむや徐かに日記の里の名けしぬ(旅びと)
小傘とりて朝の水くみ我とこそ穂麦あをあを小雨ふる里
Preview chapter蓮の花船Preview
漕ぎかへる夕船おそき僧の君紅蓮や多きしら蓮や多き
あづまやに水のおときく藤の夕はづしますなのひくき枕よ
御袖ならず御髪のたけときこえたり七尺いづれしら藤の花
夏花のすがたは細きくれなゐに真昼いきむの恋よこの子よ
肩おちて経にゆらぎのそぞろ髪をとめ有心者春の雲こき
とき髪を若枝にからむ風の西よ二尺に足らぬうつくしき虹
うながされて汀の闇に車おりぬほの紫の反橋の藤
われとなく梭の手とめし門の唄姉がゑまひの底はづかしき
ゆあがりのみじまひなりて姿見に笑みし昨日の無きにしもあらず
人まへを袂すべりしきぬでまり知らずと云ひてかかへてにげぬ
ひとつ篋にひひなをさめて蓋とぢて何となき息桃にはばかる
ほの見しは奈良のはづれの若葉宿うすまゆずみのなつかしかりし
紅に名の知らぬ花さく野の小道いそぎたまふな小傘の一人
くだり船昨夜月かげに歌そめし御堂の壁も見えず見えずなりぬ
師の君の目を病みませる庵の庭へうつしまゐらす白菊の花
文字ほそく君が歌ひとつ染めつけぬ玉虫ひめし小筥の蓋に
ゆふぐれを籠へ鳥よぶいもうとの爪先ぬらす海棠の雨
ゆく春をえらびよしある絹袷衣ねびのよそめを一人に問ひぬ
ぬしいはずとれなの筆の水の夕そよ墨足らぬ撫子がさね
母よびてあかつき問ひし君といはれそむくる片頬柳にふれぬ
のろひ歌かきかさねたる反古とりて黒き胡蝶をおさへぬるかな
額しろき聖よ見ずや夕ぐれを海棠に立つ春夢見姿
笛の音に法華経うつす手をとどめひそめし眉よまだうらわかき
白檀のけむりこなたへ絶えずあふるにくき扇をうばひぬるかな
母なるが枕経よむかたはらのちひさき足をうつくしと見き
わが歌に瞳のいろをうるませしその君去りて十日たちにけり
かたみぞと風なつかしむ小扇のかなめあやふくなりにけるかな
春の川のりあひ舟のわかき子が昨夜の泊の唄ねたましき
泣かで急げやは手にはばき解くえにしえにし持つ子の夕を待たむ
燕なく朝をはばきの紐ぞゆるき柳かすむやその家のめぐり
小川われ村のはづれの柳かげに消えぬ姿を泣く子朝見し
鶯に朝寒からぬ京の山おち椿ふむ人むつまじき
道たま/\蓮月が庵のあとに出でぬ梅に相行く西の京の山
君が前に李青蓮説くこの子ならずよき墨なきを梅にかこつな
あるときはねたしと見たる友の髪に香の煙のはひかかるかな
わが春の二十姿と打ぞ見ぬ底くれなゐのうす色牡丹
春はただ盃にこそ注ぐべけれ智慧あり顔の木蓮や花
さはいへど君が昨日の恋がたりひだり枕の切なき夜半よ
人そぞろ宵の羽織の肩うらへかきしは歌か芙蓉といふ文字
琴の上に梅の実おつる宿の昼よちかき清水に歌ずする君
うたたねの君がかたへの旅づつみ恋の詩集の古きあたらしき
戸に倚りて菖蒲売る子がひたひ髪にかかる薄靄にほひある朝
五月雨もむかしに遠き山の庵通夜する人に卯の花いけぬ
四十八寺そのひと寺の鐘なりぬ今し江の北雨雲ひくき
人の子にかせしは罪かわがかひな白きは神になどゆづるべき
ふりかへり許したまへの袖だたみ闇くる風に春ときめきぬ
夕ふるはなさけの雨よ旅の君ちか道とはで宿とりたまへ
巌をはなれ谿をくだりて躑躅をりて都の絵師と水に別れぬ
春の日を恋に誰れ倚るしら壁ぞ憂きは旅の子藤たそがるる
油のあと島田のかたと今日知りし壁に李の花ちりかかる
うなじ手にひくきささやき藤の朝をよしなやこの子行くは旅の君
まどひなくて経ずする我と見たまふか下品の仏上品の仏
ながしつる四つの笹舟紅梅を載せしがことにおくれて往きぬ
奥の室のうらめづらしき初声に血の気のぼりし面まだ若き
人の歌をくちずさみつつ夕よる柱つめたき秋の雨かな
小百合さく小草がなかに君まてば野末にほひて虹あらはれぬ
かしこしといなみにいひて我とこそその山坂を御手に倚らざりし
鳥辺野は御親の御墓あるところ清水坂に歌はなかりき
御親まつる墓のしら梅中に白く熊笹小笹たそがれそめぬ
男きよし載するに僧のうらわかき月にくらしの蓮の花船
経にわかき僧のみこゑの片明り月の蓮船兄こぎかへる
浮葉きるとぬれし袂の紅のしづく蓮にそそぎてなさけ教へむ
こころみにわかき唇ふれて見れば冷かなるよしら蓮の露
明くる夜の河はばひろき嵯峨の欄きぬ水色の二人の夏よ
藻の花のしろきを摘むと山みづに文がら濡ぢぬうすものの袖
牛の子を木かげに立たせ絵にうつす君がゆかたに柿の花ちる
誰が筆に染めし扇ぞ去年までは白きをめでし君にやはあらぬ
おもざしの似たるにまたもまどひけりたはぶれますよ恋の神々
五月雨に築土くづれし鳥羽殿のいぬゐの池におもだかさきぬ
つばくらの羽にしたたる春雨をうけてなでむかわが朝寝髪
しら菊を折りてゑまひし朝すがた垣間みしつと人の書きこし
八つ口をむらさき緒もて我れとめじひかばあたへむ三尺の袖
春かぜに桜花ちる層塔のゆふべを鳩の羽に歌そめむ
憎からぬねたみもつ子とききし子の垣の山吹歌うて過ぎぬ
おばしまのその片袖ぞおもかりし鞍馬を西へ流れにし霞
ひとたびは神より更ににほひ高き朝をつつみし練の下襲
Table of contents
Inside this edition
- 01Full text
- 02臙脂紫
- 03蓮の花船
- 04白百合
- 05はたち妻
- 06舞姫
- 07春思
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