
Japanese Edition
Literature
新生
Japanese BooksWhale Edition by 島崎藤村
告白、家族、倫理、再出発をめぐる島崎藤村の代表的な長編小説。
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Book introduction
新生
新生は、自己告白と再生の問題を中心に、家族関係、社会的視線、作家の倫理を描く作品です。藤村は私小説的な緊張と近代文学の課題を重ね、重い主題を率直な文体で追究します。
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島崎藤村は1943年に没し、本作は1919年に発表されました。これらの年代は、この版のパブリックドメイン根拠を支えます。
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新生
島崎藤村
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序の章
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「岸本君――僕は僕の近来の生活と思想の断片を君に書いて送ろうと思う。然し実を言えば何も書く材料は無いのである。黙していて済むことである。君と僕との交誼が深ければ深いほど、黙していた方が順当なのであろう。旧い家を去って新しい家に移った僕は懶惰に費す日の多くなったのをよろこぶぐらいなものである。僕には働くということが出来ない。他人の意志の下に働くということは無論どうあっても出来ない。そんなら自分の意志の鞭を背にうけて、厳粛な人生の途に上るかというに、それも出来ない。今までに一つとして纏った仕事をして来なかったのが何よりの証拠である。空と雲と大地とは一日眺めくらしても飽くことを知らないが、半日の読書は僕を倦ましめることが多い。新しい家に移ってからは、空地に好める樹木を栽えたり、ほんの慰み半分に畑をいじったりするぐらいの仕事しかしないのである。そして僅かに発芽する蔬菜のたぐいを順次に生に忠実な虫に供養するまでである。勿論厨房の助に成ろう筈はない。こんな有様であるから田園生活なんどは毛頭思いも寄らぬことである。僕の生活は相変らず空な生活で始終している。そして当然僕の生涯の絃の上には倦怠と懶惰が灰色の手を置いているのである。考えて見れば、これが生の充実という現代の金口に何等の信仰をも持たぬ人間の必定堕ちて行く羽目であろう。それならそれを悔むかというに、僕にはそれすら出来ない。何故かというに僕の肉体には本能的な生の衝動が極めて微弱になって了ったからである。永遠に堕ちて行くのは無為の陥穽である。然しながら無為の陥穽にはまった人間にもなお一つ残されたる信仰がある。二千年も三千年も言い古した、哲理の発端で総合である無常――僕は僕の生気の失せた肉体を通して、この無常の鐘の音を今更ながらしみじみと聴き惚るることがある。これが僕のこのごろの生活の根調である……」
郊外の中野の方に住む友人の手紙が岸本の前に披げてあった。
これは数月前に岸本の貰った手紙だ。それを彼は取出して来て、読返して見た。若かった頃は彼も友人に宛てて随分長い手紙を書き、また友人の方からも貰いもしたものであったが、次第に書きかわす文通もほんの用事だけの短いものと成って行った。それも葉書で済ませる場合にはなるべく簡単に。それだけ書くべき手紙の数が一方には増えて来た。一日かかって何通となく書くことはめずらしくない。その意味から言えば、彼の前に披げてあったものは、めったに友人から貰うことの出来る手紙でもなかった。手紙の形式をかりて書いて寄してくれた手紙でない手紙だ。読んで行くうちに、彼は何よりも先ず人生の半ばに行き着いた人一人としての友人の生活のすがたに、その告白に、ひどく胸を打たれた。ある夕方が来て見ると、あだかも彼方の木に集り是方の木に集りして飛び騒いでいた小鳥の群が、一羽黙り、二羽黙り、がやがやとした楽しい鳴声が何時の間にか沈まって行ったように、丁度そうした夕方が岸本の周囲へも来た。中にも、この手紙をくれた友人が中野の方へ新しい家を造って引移ってからというものは、ずっと声を潜めてしまった。ほんとに黙ってしまった。
読みかけた手紙を前に置いて、岸本は十四五年このかた変ることのない敬愛の情を寄せたこの友人に自分の生涯を比べて見た。
Table of contents
Inside this edition
- 01Full text
- 02序の章
- 03一
- 04二
- 05三
- 06四
- 07五
- 08一
- 09二
- 10三
- 11四
- 12五
- 13六
- 14七
- 15八
- 16九
- 17十
- 18十一
- 19十二
- 20十三
- 21十四
- 22十五
- 23十六
- 24十七
- 25十八
- 26十九
- 27二十
- 28二十一
- 29二十二
- 30二十三
- 31二十四
- 32二十五
- 33二十六
- 34二十七
- 35二十八
- 36二十九
- 37三十
- 38三十一
- 39三十二
- 40三十三
- 41三十四
- 42三十五
- 43三十六
- 44三十七
- 45三十八
- 46三十九
- 47四十
- 48四十一
- 49四十二
- 50四十三
- 51四十四
- 52四十五
- 53四十六
- 54四十七
- 55四十八
- 56四十九
- 57五十
- 58五十一
- 59五十二
- 60五十三
- 61五十四
- 62五十五
- 63五十六
- 64五十七
- 65五十八
- 66五十九
- 67六十
- 68六十一
- 69六十二
- 70六十三
- 71六十四
- 72六十五
- 73六十六
- 74六十七
- 75六十八
- 76六十九
- 77七十
- 78七十一
- 79七十二
- 80七十三
- 81七十四
- 82七十五
- 83七十六
- 84七十七
- 85七十八
- 86七十九
- 87八十
- 88八十一
- 89八十二
- 90八十三
- 91八十四
- 92八十五
- 93八十六
- 94八十七
- 95八十八
- 96八十九
- 97九十
- 98九十一
- 99九十二
- 100九十三
- 101九十四
- 102九十五
- 103九十六
- 104九十七
- 105九十八
- 106九十九
- 107百
- 108百一
- 109百二
- 110百三
- 111百四
- 112百五
- 113百六
- 114百七
- 115百八
- 116百九
- 117百十
- 118百十一
- 119百十二
- 120百十三
- 121百十四
- 122百十五
- 123百十六
- 124百十七
- 125百十八
- 126百十九
- 127百二十
- 128百二十一
- 129百二十二
- 130百二十三
- 131百二十四
- 132百二十五
- 133百二十六
- 134百二十七
- 135百二十八
- 136百二十九
- 137百三十
- 138一
- 139二
- 140三
- 141四
- 142五
- 143六
- 144七
- 145八
- 146九
- 147十
- 148十一
- 149十二
- 150十三
- 151十四
- 152十五
- 153十六
- 154十七
- 155十八
- 156十九
- 157二十
- 158二十一
- 159二十二
- 160二十三
- 161二十四
- 162二十五
- 163二十六
- 164二十七
- 165二十八
- 166二十九
- 167三十
- 168三十一
- 169三十二
- 170三十三
- 171三十四
- 172三十五
- 173三十六
- 174三十七
- 175三十八
- 176三十九
- 177四十
- 178四十一
- 179四十二
- 180四十三
- 181四十四
- 182四十五
- 183四十六
- 184四十七
- 185四十八
- 186四十九
- 187五十
- 188五十一
- 189五十二
- 190五十三
- 191五十四
- 192五十五
- 193五十六
- 194五十七
- 195五十八
- 196五十九
- 197六十
- 198六十一
- 199六十二
- 200六十三
- 201六十四
- 202六十五
- 203六十六
- 204六十七
- 205六十八
- 206六十九
- 207七十
- 208七十一
- 209七十二
- 210七十三
- 211七十四
- 212七十五
- 213七十六
- 214七十七
- 215七十八
- 216七十九
- 217八十
- 218八十一
- 219八十二
- 220八十三
- 221八十四
- 222八十五
- 223八十六
- 224八十七
- 225八十八
- 226八十九
- 227九十
- 228九十一
- 229九十二
- 230九十三
- 231九十四
- 232九十五
- 233九十六
- 234九十七
- 235九十八
- 236九十九
- 237百
- 238百一
- 239百二
- 240百三
- 241百四
- 242百五
- 243百六
- 244百七
- 245百八
- 246百九
- 247百十
- 248百十一
- 249百十二
- 250百十三
- 251百十四
- 252百十五
- 253百十六
- 254百十七
- 255百十八
- 256百十九
- 257百二十
- 258百二十一
- 259百二十二
- 260百二十三
- 261百二十四
- 262百二十五
- 263百二十六
- 264百二十七
- 265百二十八
- 266百二十九
- 267百三十
- 268百三十一
- 269百三十二
- 270百三十三
- 271百三十四
- 272百三十五
- 273百三十六
- 274百三十七
- 275百三十八
- 276百三十九
- 277百四十
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