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出家とその弟子 cover

Japanese Edition

Religion

出家とその弟子

Japanese BooksWhale Edition by Hyakuzō Kurata

親鸞と弟子たちの対話を通じて、信仰、愛欲、罪の意識と救済への願いを追究する倉田百三の戯曲。

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Book introduction

出家とその弟子

『出家とその弟子』は、親鸞を中心に唯円や善鸞らの苦悩を描く戯曲である。人を愛することと信仰を生きることの間に生じる迷い、罪を抱えたまま救いを求める心が対話によって示される。序曲と六幕からなる作品を日本語原文で収め、人物の台詞と場面ごとの構成を保つ。

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倉田百三は1943年没。本版は1917年刊行の作品の日本語原文を青空文庫の公開テキストから収録し、底本情報、入力注、画像を除く。

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出家とその弟子

倉田百三

この戯曲を信心深きわが叔母上にささぐ

極重悪人唯称仏。 我亦在彼摂取中。

煩悩障眼雖不見。 大悲無倦常照我。

(正信念仏偈)

Preview chapter序曲 死ぬるものPreview

――ある日のまぼろし――

人間 (地上をあゆみつつ)わしは産まれた。そして太陽の光を浴び、大気を呼吸して生きている。ほんとに私は生きている。見よ。あのいい色の弓なりの空を。そしてわしのこの素足がしっかりと踏みしめている黒土を。はえしげる草木、飛び回る禽獣、さては女のめでたさ、子供の愛らしさ、あゝわしは生きたい生きたい。(間)わしはきょうまでさまざまの悲しみを知って来た。しかし悲しめば悲しむだけこの世が好きになる。あゝ不思議な世界よ。わしはお前に執着する。愛すべき娑婆よ、わしは煩悩の林に遊びたい。千年も万年も生きていたい。いつまでも。いつまでも。

顔蔽いせる者 (あらわる)お前は何者じゃ。

人間 私は人間でございます。

顔蔽いせる者 では「死ぬるもの」じゃな。

人間 私は生きています。私の知っているのはこれきりです。

顔蔽いせる者 お前はまたごまかしたな。

人間 私の父は死にました。父の父も。おゝ私の愛する隣人の多くも死にました。しかし私が死ぬるとは思われません。

顔蔽いせる者 お前は甘えているな。

人間 (やや躊躇して後)わたしは恐れてはいます。もしや死ぬのではなかろうかと。……あゝあなたは私の心を見抜きましたな。ほんとうは私も死ぬのだろうと思っているのです。私の祖先の知恵ある長老たちも昔から自分らのことをモータルと呼んでいますから。

顔蔽いせる者 それはほんとうじゃ。禽獣草木魚介の族と同じく死ぬるものじゃ。

人間 あなたはどなたでございますか。その威力ある言葉を出すあなたは?

顔蔽いせる者 わしは死なざるものに仕える臣じゃ。お前はわしを知らぬかの。

人間 知っているような気もするのですが、……いゝえ、やはり知りません。

顔蔽いせる者 お前はたびたびわしの名を呼ぶようじゃ。ことにこのごろはあまりたびたびなので煩わしいほどじゃ。

人間 ではもしやあなたは? おそれながらお顔蔽いをとって一度だけどうぞお顔をお見せくださいませ。

顔蔽いせる者 わしはモータルには顔を見せぬものじゃ。死ぬるものには。

人間 それはなぜでございます。

顔蔽いせる者 モータルを見るとわしは恥ずかしくて死ぬるからじゃ。

人間 死ぬる者という言葉には軽蔑の意味が含まっているように聞こえます。

顔蔽いせる者 死ぬのは罪があるからじゃ。罪のないものはとこしえに生きるのじゃ。「死ぬる者」とは「罪ある者」と同じことじゃ。

人間 では人間は皆罪人だとおっしゃるのでございますか。

顔蔽いせる者 皆悪人じゃ。罪の価は死じゃ。(消ゆ)

人間 今のは彼れだな。それに違いない。いったいあれは幻だろうか実在だろうか。わしは初めは無論幻だと思っていた。けれどだんだんそうは思われなくなりだした、だってあの恐ろしい破壊力は、あまりはっきりしているもの。実在だとしていったいあれは何者だろう。私はあれの正体が見たい。それを知りさえしたらこわくはない。私はあの恐ろしい火と水との正体を知ってからは、彼ら自身の法則でかえって彼らを使役して私の粉ひき場の車をまわさせたり竈をたかせたりしている、わしは彼の法則を知りたい。彼の本体をつかみたい。でなくてはわしの生活はいつも脅かされるから。あれを知るようになったのは私の不幸だ。しかし私の知恵の成長でもある。あゝ恐ろしい彼よ!

顔蔽いせる者 (あらわる)お前はまたわしを呼んだな。

人間 私はあなたの顔が見たい。

顔蔽いせる者 ゆるされぬ。

人間 どうあっても。

顔蔽いせる者 その欲望はお前の分に過ぎている。お前の目に不浄のある限りは。

人間 弓矢にかけても。

顔蔽いせる者 あわれなものよ!

人間 (手をのばして顔蔽いをとろうとする)

顔蔽いせる者 その手に禍いあれ!(遠雷きこゆ)

人間 (ひざまずく)

幻影の列あらわる。

顔蔽いせる者 見よ。

人間 鳥や獣やはうものの列がすぎる。鷲は鳩を追い、狼は羊をつかみ、蛇は蛙をくわえている。だがあの列の先頭に甲冑をかぶり弓矢を負うて、馬にのって進んでいるのは人間のようだ。

顔蔽いせる者 彼は全列を率いている。

人間 あれは征服者だ。

顔蔽いせる者 そして哀れなもののなかの最も哀れなものだ。

人間 あ、馬に拍車をあてた、全列は突進しだした。(凶暴なる音楽おこる)まるであらしのように。あんなに急いでどこに行くのだろう。

顔蔽いせる者 滅亡へ。すべての私を知らないものの行くところへ。

人間 おゝ。

列通過す。あらしのごとき音楽次第におだやかになり、静かに夢のごとき調子となる。新しき幻影現わる。

顔蔽いせる者 見よ。

人間 若い男と女だな。男はたくましい腕の中に女を抱いている。そして女は男の胸に顔をうずめている。玉のような肩に黒髪がふるえている。甘いさざめきに酔っているのだろう。

顔蔽いせる者 よく見よ。

人間 (熟視す)あゝ泣いているのだ。男は女をはなしてため息をついている。さびしそうな顔。

顔蔽いせる者 幸福の破れるのを知りかけているのだ。

人間 あなたを呼んでいるのではありませんか。

顔蔽いせる者 わしに気がつきかけているのじゃ。しかし、わしを呼ぶのを自らさけているのじゃ、自分をいつわっているのじゃ。

人間 男はふたたび女を抱こうとしました。けれど女はこのたびは突きのけました。そして男を呪うています。男は女を捕えました。無理に引っぱって崖のそばに行きました。……あゝあぶない。……(叫ぶ)あッ。

顔蔽いせる者 わしをまっすぐに見ないものの陥るあやまちじゃ。(音楽やみ、幻影消ゆ)

人間 私はあなたをみとめています。あなたをまっすぐに見ています。あなたの本体を知りたいと願っています。

顔蔽いせる者 小猿の知識でな。ものの周囲をまわるけれど決してものの中核にはいらない知識でな。

人間 私はあなたの力を認めます。あなたの破壊力を。あなたは何のために、ものをこわすのですか。

顔蔽いせる者 それはこわれないたしかなものを鍛え出すためじゃ。

人間 私はそのたしかなものを求めます。私があなたを知って以来あなたにこわされないものを捜しています。

顔蔽いせる者 見つかったかな。

人間 まだ。たしかなと思ったものはみなあなたがこわしてしまいましたから。征服欲も友情も、恋も学問も。

顔蔽いせる者 こわれるものはみなこわすのがわしの役目じゃ。(間)

人間 たしからしいものを見つけました。今度は大丈夫のつもりです。

顔蔽いせる者 何ものじゃ。

人間 子供です。たとえ私は衰えて死滅しても、わたしの子供は新しい力で生きるでしょう。私の欲望を子供の魂のなかに吹きこみます。

顔蔽いせる者 お前はまだ知らないな。

人間 え。

顔蔽いせる者 お前のむすこは死んだぞ。

人間 えっ。(まっさおになる)そんなことがあるものか。

顔蔽いせる者 凶報が来るのにまもあるまい。

人間 達者で勉強しているという手紙が来たのはけさのことです。

Preview chapter第一幕Preview

人物 日野左衛門 四十歳

お兼(その妻) 三十六歳

松若(その息。出家して唯円)十一歳

親鸞 六十一歳

慈円(その弟子) 六十歳

良寛(その弟子) 二十七歳

Table of contents

Inside this edition

  1. 01Full text
  2. 02序曲 死ぬるもの
  3. 03第一幕
  4. 04第一場
  5. 05第二場
  6. 06第二幕
  7. 07第三幕
  8. 08第一場
  9. 09第二場
  10. 10第四幕
  11. 11第一場
  12. 12第二場
  13. 13第五幕
  14. 14第一場
  15. 15第二場
  16. 16第六幕
  17. 17第一場
  18. 18第二場
  19. 19第三場
  20. 20第四場

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