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春昼・春昼後刻 cover

Japanese Edition

Literature

春昼・春昼後刻

Japanese BooksWhale Edition by Kyoka Izumi

逗子の春の風景、寺で語られる物語と海辺の怪異が交錯する『春昼』と続篇『春昼後刻』を合収。

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Book introduction

春昼・春昼後刻

散策する客人と僧の対話を通じ、土地の記憶、美しい女性の姿、芝居と死の物語が浮かび上がる。続篇では出会いと出来事が別の角度から語られ、現実と幻の境界が揺らぐ。泉鏡花の連作二篇を続けて収め、第一節から第三十五節まで、春の海辺に広がる幽玄な世界をたどる。

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泉鏡花は1939年に没した。本版は青空文庫の著作権保護期間が満了した日本語原文を用い、現代の解説、注記、底本情報を除いて本文を収録する。

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春昼・春昼後刻

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春昼

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「お爺さん、お爺さん。」

「はあ、私けえ。」

と、一言で直ぐ応じたのも、四辺が静かで他には誰もいなかった所為であろう。そうでないと、その皺だらけな額に、顱巻を緩くしたのに、ほかほかと春の日がさして、とろりと酔ったような顔色で、長閑かに鍬を使う様子が――あのまたその下の柔な土に、しっとりと汗ばみそうな、散りこぼれたら紅の夕陽の中に、ひらひらと入って行きそうな――暖い桃の花を、燃え立つばかり揺ぶって頻に囀っている鳥の音こそ、何か話をするように聞こうけれども、人の声を耳にして、それが自分を呼ぶのだとは、急に心付きそうもない、恍惚とした形であった。

こっちもこっちで、かくたちどころに返答されると思ったら、声を懸けるのじゃなかったかも知れぬ。

何為なら、さて更めて言うことが些と取り留めのない次第なので。本来ならこの散策子が、そのぶらぶら歩行の手すさびに、近頃買求めた安直な杖を、真直に路に立てて、鎌倉の方へ倒れたら爺を呼ぼう、逗子の方へ寝たら黙って置こう、とそれでも事は済んだのである。

多分は聞えまい、聞えなければ、そのまま通り過ぎる分。余計な世話だけれども、黙きりも些と気になった処。響の応ずるが如きその、(はあ、私けえ)には、聊か不意を打たれた仕誼。

「ああ、お爺さん。」

と低い四目垣へ一足寄ると、ゆっくりと腰をのして、背後へよいとこさと反るように伸びた。親仁との間は、隔てる草も別になかった。三筋ばかり耕やされた土が、勢込んで、むくむくと湧き立つような快活な香を籠めて、しかも寂寞とあるのみで。勿論、根を抜かれた、肥料になる、青々と粉を吹いたそら豆の芽生に交って、紫雲英もちらほら見えたけれども。

鳥打に手をかけて、

「つかんことを聞くがね、お前さんは何じゃないかい、この、其処の角屋敷の内の人じゃないかい。」

親仁はのそりと向直って、皺だらけの顔に一杯の日当り、桃の花に影がさしたその色に対して、打向うその方の屋根の甍は、白昼青麦を烘る空に高い。

「あの家のかね。」

「その二階のさ。」

「いんえ、違います。」

と、いうことは素気ないが、話を振切るつもりではなさそうで、肩を一ツ揺りながら、鍬の柄を返して地についてこっちの顔を見た。

「そうかい、いや、お邪魔をしたね、」

これを機に、分れようとすると、片手で顱巻を挘り取って、

「どうしまして、邪魔も何もござりましねえ。はい、お前様、何か尋ねごとさっしゃるかね。彼処の家は表門さ閉っておりませども、貸家ではねえが……」

その手拭を、裾と一緒に、下からつまみ上げるように帯へ挟んで、指を腰の両提げに突込んだ。これでは直ぐにも通れない。

「何ね、詰らん事さ。」

「はいい?」

「お爺さんが彼家の人ならそう言って行こうと思って、別に貸家を捜しているわけではないのだよ。奥の方で少い婦人の声がしたもの、空家でないのは分ってるが、」

「そうかね、女中衆も二人ばッかいるだから、」

「その女中衆についてさ。私がね、今彼処の横手をこの路へかかって来ると、溝の石垣の処を、ずるずるっと這ってね、一匹いたのさ――長いのが。」

Table of contents

Inside this edition

  1. 01Full text
  2. 02春昼
  3. 03一
  4. 04二
  5. 05三
  6. 06四
  7. 07五
  8. 08六
  9. 09七
  10. 10八
  11. 11九
  12. 12十
  13. 13十一
  14. 14十二
  15. 15十三
  16. 16十四
  17. 17十五
  18. 18十六
  19. 19十七
  20. 20十八
  21. 21十九
  22. 22二十
  23. 23二十一
  24. 24二十二
  25. 25二十三
  26. 26春昼後刻
  27. 27二十四
  28. 28二十五
  29. 29二十六
  30. 30二十七
  31. 31二十八
  32. 32二十九
  33. 33三十
  34. 34三十一
  35. 35三十二
  36. 36三十三
  37. 37三十四
  38. 38三十五

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