
Japanese Edition
Literature
天守物語
Japanese BooksWhale Edition by Kyoka Izumi
姫路城の天守に住む富姫と若い鷹匠の出会いが、人間の掟と異界の自由を交差させる泉鏡花の戯曲。
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Book introduction
天守物語
白鷺城の天守に住む富姫のもとへ、逃げた鷹を追う若い鷹匠が現れる。泉鏡花は二人の出会いを軸に、城を支配する人間の秩序と異界の住人たちの価値観を向き合わせる。華やかな言葉、怪異、工人の造形が重なり、愛情と自由をめぐる幻想的な舞台が展開する。
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泉鏡花は1939年に没した。本版は青空文庫の日本語原文に基づき、本文外の注記と底本情報を除き、外字を対応する文字に復元した。
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Preview chapterPart 1Read preview
時 不詳。ただし封建時代――晩秋。日没前より深更にいたる。
所 播州姫路。白鷺城の天守、第五重。
登場人物
天守夫人、富姫。(打見は二十七八)岩代国猪苗代、亀の城、亀姫。(二十ばかり)姫川図書之助。(わかき鷹匠)小田原修理。山隅九平。(ともに姫路城主武田播磨守家臣)十文字ヶ原、朱の盤坊。茅野ヶ原の舌長姥。(ともに亀姫の眷属)近江之丞桃六。(工人)桔梗。萩。葛。女郎花。撫子。(いずれも富姫の侍女)薄。(おなじく奥女中)女の童、禿、五人。武士、討手、大勢。
舞台。天守の五重。左右に柱、向って三方を廻廊下のごとく余して、一面に高く高麗べりの畳を敷く。紅の鼓の緒、処々に蝶結びして一条、これを欄干のごとく取りまわして柱に渡す。おなじ鼓の緒のひかえづなにて、向って右、廻廊の奥に階子を設く。階子は天井に高く通ず。左の方廻廊の奥に、また階子の上下の口あり。奥の正面、及び右なる廻廊の半ばより厚き壁にて、広き矢狭間、狭間を設く。外面は山岳の遠見、秋の雲。壁に出入りの扉あり。鼓の緒の欄干外、左の一方、棟甍、並びに樹立の梢を見す。正面おなじく森々たる樹木の梢。
女童三人――合唱――
ここはどこの細道じゃ、細道じゃ、
天神様の細道じゃ、細道じゃ。
――うたいつつ幕開く――
侍女五人。桔梗、女郎花、萩、葛、撫子。各名にそぐえる姿、鼓の緒の欄干に、あるいは立ち、あるいは坐て、手に手に五色の絹糸を巻きたる糸枠に、金色銀色の細き棹を通し、糸を松杉の高き梢を潜らして、釣の姿す。
女童三人は、緋のきつけ、唄いつづく。――冴えて且つ寂しき声。
少し通して下さんせ、下さんせ。
ごようのないもな通しません、通しません。
天神様へ願掛けに、願掛けに。
通らんせ、通らんせ。
唄いつつその遊戯をす。
薄、天守の壁の裡より出づ。壁の一劃はあたかも扉のごとく、自由に開く、この婦やや年かさ。鼈甲の突通し、御殿奥女中のこしらえ。
薄 鬼灯さん、蜻蛉さん。
女童一 ああい。
薄 静になさいよ、お掃除が済んだばかりだから。
女童二 あの、釣を見ましょうね。
女童三 そうね。
いたいけに頷きあいつつ、侍女等の中に、はらはらと袖を交う。
薄 (四辺を眗す)これは、まあ、まことに、いい見晴しでございますね。
葛 あの、猪苗代のお姫様がお遊びにおいででございますから。
桔梗 お鬱陶しかろうと思いまして。それには、申分のございませんお日和でございますし、遠山はもう、もみじいたしましたから。
女郎花 矢狭間も、物見も、お目触りな、泥や、鉄の、重くるしい、外囲は、ちょっと取払っておきました。
薄 成程、成程、よくおなまけ遊ばす方たちにしては、感心にお気のつきましたことでございます。
桔梗 あれ、人ぎきの悪いことを。――いつ私たちがなまけましたえ。
薄 まあ、そうお言いの口の下で、何をしておいでだろう。二階から目薬とやらではあるまいし、お天守の五重から釣をするものがありますかえ。天の川は芝を流れはいたしません。富姫様が、よそへお出掛け遊ばして、いくら間があると申したって、串戯ではありません。
撫子 いえ、魚を釣るのではございません。
桔梗 旦那様の御前に、ちょうど活けるのがございませんから、皆で取って差上げようと存じまして、花を……あの、秋草を釣りますのでございますよ。
薄 花を、秋草をえ。はて、これは珍しいことを承ります。そして何かい、釣れますかえ。
女童の一人の肩に、袖でつかまって差覗く。
桔梗 ええ、釣れますとも、もっとも、新発明でございます。
薄 高慢なことをお言いでない。――が、つきましては、念のために伺いますが、お用いになります。……餌の儀でござんすがね。
撫子 はい、それは白露でございますわ。
葛 千草八千草秋草が、それはそれは、今頃は、露を沢山欲しがるのでございますよ。刻限も七つ時、まだ夕露も夜露もないのでございますもの。(隣を視る)御覧なさいまし、女郎花さんは、もう、あんなにお釣りなさいました。
薄 ああ、ほんにねえ。まったく草花が釣れるとなれば、さて、これは静にして拝見をいたしましょう。釣をするのに饒舌っては悪いと云うから。……一番だまっておとなしい女郎花さんがよく釣った、争われないものじゃないかね。
女郎花 いいえ、お魚とは違いますから、声を出しても、唄いましても構いません。――ただ、風が騒ぐと下可ませんわ。……餌の露が、ぱらぱらこぼれてしまいますから。ああ、釣れました。
薄 お見事。
と云う時、女郎花、棹ながらくるくると枠を巻戻す、糸につれて秋草、欄干に上り来る。さきに傍に置きたる花とともに、女童の手に渡す。
桔梗 釣れました。(おなじく糸を巻戻す。)
萩 あれ、私も……
花につれて、黄と、白、紫の胡蝶の群、ひらひらと舞上る。
葛 それそれ私も――まあ、しおらしい。
薄 桔梗さん、棹をお貸しな、私も釣ろう、まことに感心、おつだことねえ。
Preview chapterPart 2Preview
侍女等わざとはらはらと逃ぐ、朱の盤五人を追廻す。
ぼろぼんぼろぼん、ぼろぼんぼろぼん。(やがて侍女に突かれて摚と倒る)などか利験のなかるべき。
葛 利験はござんしょうけれどな、そんな話は面白うござんせぬ。
朱の盤 (首を振って)ぼろぼん、ぼろぼん。
鞠唄聞ゆ。
――私が姉さん三人ござる、一人姉さん鼓が上手。
一人姉さん太鼓が上手。
いっちよいのが下谷にござる。
下谷一番達しゃでござる。二両で帯買うて、
三両で括けて、括けめ括けめに七総さげて、
折りめ折りめに、いろはと書いて。――
葛 さあ、お先達、よしの葉の、よい女郎衆ではござんせぬが、参ってお酌。(扇を開く。)
朱の盤 ぼろぼんぼろぼん。(同じく扇子にうく)おとととと、ちょうどあるちょうどある。いで、お肴を所望しょう。……などか利験のなかるべき。
桔梗 その利験ならござんしょう。女郎花さん、撫子さん、ちょっと、お立ちなさいまし。
両女立つ。
ここをどこぞと、もし人問わば、ここは駿河の
府中の宿よ、人に情を掛川の宿よ。雉子の雌鳥
ほろりと落いて、打ちきせて、しめて、しょのしょの
いとしよの、そぞろいとしゅうて、遣瀬なや。
朱の盤 やんややんや。
女郎花 今度はお先達、さあ。
葛 貴方がお立ちなさいまし。
朱の盤 ぼろぼん、ぼろぼん。此方衆思ざしを受きょうならば。
侍女五人扇子を開く、朱の盤杯を一順す。すなわち立つ。腰なる太刀をすらりと抜き、以前の兜を切先にかけて、衝と天井に翳し、高脛に拍子を踏んで――
戈鋋剣戟を降らすこと電光の如くなり。
盤石巌を飛ばすこと春の雨に相同じ。
然りとはいえども、天帝の身には近づかで、
修羅かれがために破らる。
――お立ち――、(陰より諸声。)
手早く太刀を納め、兜をもとに直す、一同つい居る。
亀姫 お姉様、今度は貴方が、私へ。
夫人 はい。
舌長姥 お早々と。
夫人 (頷きつつ、連れて廻廊にかかる。目の下遥に瞰下す)ああ、鷹狩が帰って来た。
亀姫 (ともに、瞰下す)先刻私が参る時は、蟻のような行列が、その鉄砲で、松並木を走っていました。ああ、首に似た殿様が、馬に乗って反返って、威張って、本丸へ入って来ますね。
夫人 播磨守さ。
亀姫 まあ、翼の、白い羽の雪のような、いい鷹を持っているよ。
夫人 おお。(軽く胸を打つ)貴女。(間)あの鷹を取って上げましょうね。
亀姫 まあ、どうしてあれを。
夫人 見ておいで、、それは姫路の、富だもの。
蓑を取って肩に装う、美しき胡蝶の群、ひとしく蓑に舞う。颯と翼を開く風情す。
それ、人間の目には、羽衣を被た鶴に見える。
ひらりと落す特、一羽の白鷹颯と飛んで天守に上るを、手に捕う。
――わっと云う声、地より響く――
亀姫 お涼しい、お姉様。
夫人 この鷹ならば、鞠を投げてもとりましょう。――沢山お遊びなさいまし。
亀姫 あい。(嬉しげに袖に抱く。そのまま、真先に階子を上る。二三段、と振返りて、衝と鷹を雪の手に据うるや否や)虫が来た。
云うとともに、袖を払って一筋の征矢をカラリと落す。矢は鷹狩の中より射掛けたるなり。
夫人 (斉しくともに)む。(と肩をかわし、身を捻って背向になる、舞台に面を返す時、口に一条の征矢、手にまた一条の矢を取る。下より射たるを受けたるなり)推参な。
――たちまち鉄砲の音、あまたたび――
薄 それ、皆さん。
侍女等、身を垣にす。
朱の盤 姥殿、確り。(姫を庇うて大手を開く。)
亀姫 大事ない、大事ない。
夫人 (打笑む)ほほほ、皆が花火線香をお焚き――そうすると、鉄砲の火で、この天守が燃えると思って、吃驚して打たなくなるから。
――舞台やや暗し。鉄砲の音止む――――
夫人、亀姫と声を合せて笑う、ほほほほほ。
夫人 それ、御覧、ついでにその火で、焼けそうな処を二三処焚くが可い、お亀様の路の松明にしようから。
舞台暗し。
亀姫 お心づくしお嬉しや。さらば。
夫人 さらばや。
寂寞、やがて燈火の影に、うつくしき夫人の姿。舞台にただ一人のみ見ゆ。夫人うしろむきにて、獅子頭に対し、机に向い巻ものを読みつつあり。間を置き、女郎花、清らかなる小掻巻を持ち出で、静に夫人の背に置き、手をつかえて、のち去る。――
ここはどこの細道じゃ、細道じゃ。
天神様の細道じゃ、細道じゃ。
舞台一方の片隅に、下の四重に通ずべき階子の口あり。その口より、まず一の雪洞顕れ、一廻りあたりを照す。やがて衝と翳すとともに、美丈夫、秀でたる眉に勇壮の気満つ。黒羽二重の紋着、萌黄の袴、臘鞘の大小にて、姫川図書之助登場。唄をききつつ低徊し、天井を仰ぎ、廻廊を窺い、やがて燈の影を視て、やや驚く。ついで几帳を認む。彼が入るべき方に几帳を立つ。図書は躊躇の後決然として進む。瞳を定めて、夫人の姿を認む。剣夾に手を掛け、気構えたるが、じりじりと退る。
Preview chapterPart 3Preview
九平 心得た、槍をつけろ。
討手、槍にて立ちかかる。獅子狂う。討手辟易す。修理、九平等、抜連れ抜連れ一同立掛る。獅子狂う。また辟易す。
修理 木彫にも精がある。活きた獣も同じ事だ。目を狙え、目を狙え。
九平、修理、力を合せて、一刀ずつ目を傷く、獅子伏す。討手その頭をおさう。
図書 (母衣を撥退け刀を揮って出づ。口々に罵る討手と、一刀合すと斉しく)ああ、目が見えない。(押倒され、取って伏せらる)無念。
夫人 (獅子の頭をあげつつ、すっくと立つ。黒髪乱れて面凄し。手に以前の生首の、もとどりを取って提ぐ)誰の首だ、お前たち、目のあるものは、よっく見よ。(どっしと投ぐ。)
――討手わッと退き、修理、恐る恐るこれを拾う。
修理 南無三宝。
九平 殿様の首だ。播磨守様御首だ。
修理 一大事とも言いようなし。御同役、お互に首はあるか。
九平 可恐い魔ものだ。うかうかして、こんな処に居べきでない。
討手一同、立つ足もなく、生首をかこいつつ、乱れて退く。
図書 姫君、どこにおいでなさいます。姫君。
夫人、悄然として、立ちたるまま、もの言わず。
図書 (あわれに寂しく手探り)姫君、どこにおいでなさいます。私は目が見えなくなりました。姫君。
夫人 (忍び泣きに泣く)貴方、私も目が見えなくなりました。
図書 ええ。
夫人 侍女たち、侍女たち。――せめては燈を――
――皆、盲目になりました。誰も目が見えませんのでございます。――(口々に一同はっと泣く声、壁の彼方に聞ゆ。)
夫人 (獅子頭とともにハタと崩折る)獅子が両眼を傷つけられました。この精霊で活きましたものは、一人も見えなくなりました。図書様、……どこに。
図書 姫君、どこに。
さぐり寄りつつ、やがて手を触れ、はっと泣き、相抱く。
夫人 何と申そうようもない。貴方お覚悟をなさいまし。今持たせてやった首も、天守を出れば消えましょう。討手は直ぐに引返して参ります。私一人は、雲に乗ります、風に飛びます、虹の橋も渡ります。図書様には出来ません。ああ口惜い。あれら討手のものの目に、蓑笠着ても天人の二人揃った姿を見せて、日の出、月の出、夕日影にも、おがませようと思ったのに、私の方が盲目になっては、ただお生命さえ助けられない。堪忍して下さいまし。
図書 くやみません! 姫君、あなたのお手に掛けて下さい。
夫人 ええ、人手には掛けますまい。そのかわり私も生きてはおりません、お天守の塵、煤ともなれ、落葉になって朽ちましょう。
図書 やあ、何のために貴女が、美しい姫の、この世にながらえておわすを土産に、冥土へ行くのでございます。
夫人 いいえ、私も本望でございます、貴方のお手にかかるのが。
図書 真実のお声か、姫君。
夫人 ええ何の。――そうおっしゃる、お顔が見たい、ただ一目。……千歳百歳にただ一度、たった一度の恋だのに。
図書 ああ、私も、もう一目、あの、気高い、美しいお顔が見たい。(相縋る。)
夫人 前世も後世も要らないが、せめてこうして居とうござんす。
図書 や、天守下で叫んでいる。
夫人 (屹となる)口惜しい、もう、せめて一時隙があれば、夜叉ヶ池のお雪様、遠い猪苗代の妹分に、手伝を頼もうものを。
図書 覚悟をしました。姫君、私を。……
夫人 私は貴方に未練がある。いいえ、助けたい未練がある。
図書 猶予をすると討手の奴、人間なかまに屠られます、貴女が手に掛けて下さらずば、自分、我が手で。――(一刀を取直す。)
夫人 切腹はいけません。ああ、是非もない。それでは私が御介錯、舌を噛切ってあげましょう。それと一所に、胆のたばねを――この私の胸を一思いに。
図書 せめてその、ものをおっしゃる、貴方の、ほのかな、口許だけも、見えたらばな。
夫人 貴方の睫毛一筋なりと。(声を立ててともに泣く。)
奥なる柱の中に、大音あり。――
――待て、泣くな泣くな。――
工人、近江之丞桃六、六十じばかりの柔和なる老人。頭巾、裁着、火打袋を腰に、扇を使うて顕る。
桃六 美しい人たち泣くな。(つかつかと寄って獅子の頭を撫で)まず、目をあけて進ぜよう。
火打袋より一挺の鑿を抜き、双の獅子の眼に当つ。
――夫人、図書とともに、あっと云う――
桃六 どうだ、の、それ、見えよう。はははは、ちゃんと開いた。嬉しそうに開いた。おお、もう笑うか。誰がよ誰がよ、あっはっはっ。
夫人 お爺様。
図書 御老人、あなたは。
桃六 されば、誰かの櫛に牡丹も刻めば、この獅子頭も彫った、近江之丞桃六と云う、丹波の国の楊枝削よ。
夫人 まあ、(図書と身を寄せたる姿を心づぐ)こんな姿を、恥かしい。
図書も、ともに母衣を被ぎて姿を蔽う。
桃六 むむ、見える、恥しそうに見える、極りの悪そうに見える、がやっぱり嬉しそうに見える、はっはっはっはっ。睦じいな、若いもの。(石を切って、ほくちをのぞませ、煙管を横銜えに煙草を、すぱすぱ)気苦労の挙句は休め、安らかに一寝入さっせえ。そのうちに、もそっと、その上にも清い目にして進ぜよう。
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