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海に生くる人々 cover

Japanese Edition

Literature

海に生くる人々

Japanese BooksWhale Edition by Yoshiki Hayama

第一次世界大戦期の石炭運搬船を舞台に、過酷な労働と搾取の中で船員たちが連帯を模索する。

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Book introduction

海に生くる人々

室蘭と横浜を結ぶ石炭運搬船「万寿丸」で働く水夫たちの生活を描く長編小説。危険な作業、食事や賃金への不満、船内の階級関係を通じ、個々の苦しみが共通の問題として意識されてゆく。葉山嘉樹は自身の経験を踏まえ、抵抗の高まりからその後の処遇まで、海上労働の厳しい現実をたどる。

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葉山嘉樹は1945年に没した。本版は青空文庫の著作権保護期間が満了した日本語原文を用い、現代の解説、注記、底本情報を除いて本文を収録する。

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海に生くる人々

Preview chapter一Preview

室蘭港が奥深く入り込んだ、その太平洋への湾口に、大黒島が栓をしている。雪は、北海道の全土をおおうて地面から、雲までの厚さで横に降りまくった。

汽船万寿丸は、その腹の中へ三千トンの石炭を詰め込んで、風雪の中を横浜へと進んだ。船は今大黒島をかわろうとしている。その島のかなたには大きな浪が打っている。万寿丸はデッキまで沈んだその船体を、太平洋の怒濤の中へこわごわのぞけて見た。そして思い切って、乗り出したのであった。彼女がその臨月のからだで走れる限りの速力が、ブリッジからエンジンへ命じられた。

冬期における北海航路の天候は、いつでも非常に険悪であった。安全な航海、愉快な航海は冬期においては北部海岸では不可能なことであった。

万寿丸甲板部の水夫たちは、デッキに打ち上げる、ダイナマイトのような威力を持った波浪の飛沫と戦って、甲板を洗っていた。ホースの尖端からは、沸騰点に近い熱湯がほとばしり出たが、それがデッキを五尺流れるうちには凍るのであった。五人の水夫は熱湯の凍らぬうちに、その渾身の精力を集めて、石炭塊を掃きやった。

万寿丸は右手に北海道の山や、高原をながめて走った。雪は船と陸とをヴェールをもってさえぎった。悲壮な北海道の吹雪は、マストに悲痛な叫びを上げさせた。

生命のあらゆる危難の前に裸体となって、地下数千尺で掘られた石炭は、数万の炭坑労働者を踏み台にして地上に上がって来た。そして、今、海上では同じく生命の赤裸々な危険に、その全身を船体と共に暴露しつつある、船員の労働によって運送されるのであった。

藤原六雄は、ランプ部屋へはいって、ランプの掃除をしていた。彼は、今年二十八歳のひどくだまりやの、気むずかしやであった。そして、一体彼は何か仕事をしているのか、どうか疑わしいほど、労働がきらいな性のように見えた。彼の職務は倉庫番であった。

ランプ部屋はブリッジに向かい合って、水夫室と火夫室の間に、みじめに、小さくこしらえられてあった。藤原はそこでランプのホヤをふきながら、水夫たちが、デッキを掃除しているのを見ていた。彼はこのごろボースンにも、一等運転士にも見込みが悪いことを知っていた。「ストキ(倉庫番)にもワシデッキの時には手伝ってもらわなきゃならん。一万トンも八千トンもある船とはちがうんだからな」と、いつか水夫たち全部がそろって飯を食ってる時にボースンにいわれたことがあった。

「ふん、ストキとは倉庫番てことだ。倉庫番は倉庫の番さえしてりゃ、それで沢山だろう」と、彼は答えた。

――それ以来、どうも、おれは水夫たちの仲間からまでも受けがよくない――と、さびしそうに、ストキは考えた。

Preview chapter二Preview

船のエンジンはフルスピードをかけていたが、風と浪とで速力がまるで出なかった。未明に出帆したのに、夕方になってもまだ津軽海峡沖を抜け切らなかった。

その夜、高等船員側では室蘭へ引きかえそうかとの相談も行なわれたが、それは実行されるには至らなかった。

水夫たちは、暴風雪がだんだん猛烈になって来るにつれて、その作業も平常とは趣を異にし初めた。船体は保険マーク以上に沈んでいるので、充分に抵抗的であって、波浪は一つも残らずデッキへと打ち上げた。そしてデッキは一面の海になってしまった。すくい込む水はなかなか小さな排水口から急には出て行かなかった。デッキには、ハッチの上を通るように、ライフライン(命綱)が張られた。いつデッキを通ろうと試みても、そこは外海と何ら異なるところはないからであった。

浪はその山と山との間に船をはさんでしまう。その谷になった部分が船のヘッドから胴体へ進む時、次の山の部分がヘッドに打ちあたる。鉄製のわが万寿丸も、この苦悶には堪えかねて、断末魔の叫びをあげる。ミリミリ、ドタンーとうなる。その谷がやがて、ともへ行くと推進器は空中でから回りをする。推進器は、飛行機のプロペラーのように空中で回転する。凶暴なその船の太さほどの猛獣のようにほえる。特別装置のないどの棚からも、いろんなものが落ちる。ランプのカップからランプが踊り出る、舵機は非常にその効力を減じられる。速力は今ではもう推進器の空転の危険から、ほとんど三マイルぐらいに減じられて、ただ船首を風の方向から転換しないようにのみすべての努力を尽くしていた。

機関室の方も汽罐室の方も、非常な困難があった。油差しは、動揺のために、機械と機械との狭い部分に入り込むのに、神秘的な注意を払った。火夫はその汽罐の前で、ショベルを持って、よろけまいとして骨を折った。

汽罐室のま上のコック場では、コックが、いつも一度で炊く飯を五度ぐらいに分けて炊かねばならなかったし、お菜も同様な方法にしてなお、汁物は作るわけに行かなかった。

コロッパス(石炭運び)は、石炭庫の中で、頭じゅうをこぶだらけにするのを、どうしても免れるわけには行かなかった。

水夫らは、デッキを洗う波浪からダンブル内への浸水を護るために、ハッチカバー(船艙のおおい)や、それを押えた金具や、またその上から厳重にロープを通して縛らねばならなかった。それは危険な作業であった。そしてこの危険な作業なしには、この船全体が危険から免れうる方法がなかった。あだかも意地の悪い馬がなれぬ乗り手にするように、船体は猛烈にその背を振った。そしてそのたびに柄杓が水をすくうように、デッキは波浪をすくい込んだ。ロープはぬれて、固くなって操作に非常な困難と遅滞とを招いた。しかしそれは成し遂げなければならない仕事であった。ハッチが水を飲むということは、文句なしに、簡単明瞭に船体の沈没を意味するものであった。五人の水夫と、ボースンと、ストキと、大工との八人が総動員で、この仕事を遂げた。

彼らはそのからだが、そのまま凍るような風の下に、メスのように光る、そして痛い波浪に刺された。そしてそれは、あまり動かない部分をカンカンに凍らせた。

船体の危険と、船体と共にする自分自身の危険と、そして、てきめんに自分の凍えんとする肉体に対する危険とは、火事が中風の婆さんに、石臼を屋外まで抱え出させたほどの目ざましい、超人間的な活動を、水夫たちに与えた。そして、船首のハッチ二つは完全にその防備ができ上がった。

まだ二つのハッチが船尾の方に残っていた。そして、時間は今夕食に迫っていた。水夫たちは、飢えを感じた。けれども、海も飢えを感じて、わが万寿丸をのもうとしているのであった。

船は絶えずもがき、マストは絶えず悲鳴を上げ、リギンは絶えず恐怖に叫んだ。船首の船底は、波浪と決闘するように打ち合った。船尾ではプロペラーが、その手を空に振り上げた。

自然と人力とはその最大の力と、あらゆる知恵とをもって戦闘した。

Table of contents

Inside this edition

  1. 01Full text
  2. 02一
  3. 03二
  4. 04三
  5. 05四
  6. 06五
  7. 07六
  8. 08七
  9. 09八
  10. 10九
  11. 11一〇
  12. 12一一
  13. 13一二
  14. 14一三
  15. 15一四
  16. 16一五
  17. 17一六
  18. 18一七
  19. 19一八
  20. 20一九
  21. 21二〇
  22. 22二一
  23. 23二二
  24. 24二三
  25. 25二四
  26. 26二五
  27. 27二六
  28. 28二七
  29. 29二八
  30. 30二九
  31. 31三〇
  32. 32三一
  33. 33三二
  34. 34三三
  35. 35三四
  36. 36三五
  37. 37三六
  38. 38三七
  39. 39三八
  40. 40三九
  41. 41四〇
  42. 42四一
  43. 43四二
  44. 44四三
  45. 45四四
  46. 46四五
  47. 47四六
  48. 48四七

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