
Japanese Edition
Literature
運命
Japanese BooksWhale Edition by Koda Rohan
明の建文帝と永楽帝をめぐる歴史を通じ、幸田露伴が人間の行為と運命の関わりを問い直す。
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Book introduction
運命
明代の帝位争いと建文帝の行方を軸に、幸田露伴は史書や伝承を読み重ね、人の力と運命の関係を考察する。歴史上の人物の選択、成功と失敗、語り継がれた逸話が緊密な文章の中に置かれ、事実と想像の境界も問われる。原文の段落を保ち、読書のための十の部分に区分した。
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幸田露伴は1947年に没した。本版は青空文庫で公開された著作権保護期間満了の日本語原文を使用し、底本情報、注記、挿絵を除いて本文を整えた。
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運命
Preview chapter第1部Preview
世おのずから数というもの有りや。有りといえば有るが如く、無しと為せば無きにも似たり。洪水天に滔るも、禹の功これを治め、大旱地を焦せども、湯の徳これを済えば、数有るが如くにして、而も数無きが如し。秦の始皇帝、天下を一にして尊号を称す。威燄まことに当る可からず。然れども水神ありて華陰の夜に現われ、璧を使者に托して、今年祖龍死せんと曰えば、果して始皇やがて沙丘に崩ぜり。唐の玄宗、開元は三十年の太平を享け、天宝は十四年の華奢をほしいまゝにせり。然れども開元の盛時に当りて、一行阿闍梨、陛下万里に行幸して、聖祚疆無からんと奏したりしかば、心得がたきことを白すよとおぼされしが、安禄山の乱起りて、天宝十五年蜀に入りたもうに及び、万里橋にさしかゝりて瞿然として悟り玉えりとなり。此等を思えば、数無きに似たれども、而も数有るに似たり。定命録、続定命録、前定録、感定録等、小説野乗の記するところを見れば、吉凶禍福は、皆定数ありて飲啄笑哭も、悉く天意に因るかと疑わる。されど紛々たる雑書、何ぞ信ずるに足らん。仮令数ありとするも、測り難きは数なり。測り難きの数を畏れて、巫覡卜相の徒の前に首を俯せんよりは、知る可きの道に従いて、古聖前賢の教の下に心を安くせんには如かじ。かつや人の常情、敗れたる者は天の命を称して歎じ、成れる者は己の力を説きて誇る。二者共に陋とすべし。事敗れて之を吾が徳の足らざるに帰し、功成って之を数の定まる有るに委ねなば、其人偽らずして真、其器小ならずして偉なりというべし。先哲曰く、知る者は言わず、言う者は知らずと。数を言う者は数を知らずして、数を言わざる者或は能く数を知らん。
古より今に至るまで、成敗の跡、禍福の運、人をして思を潜めしめ歎を発せしむるに足るもの固より多し。されども人の奇を好むや、猶以て足れりとせず。是に於て才子は才を馳せ、妄人は妄を恣にして、空中に楼閣を築き、夢裏に悲喜を画き、意設筆綴して、烏有の談を為る。或は微しく本づくところあり、或は全く拠るところ無し。小説といい、稗史といい、戯曲といい、寓言というもの即ち是なり。作者の心おもえらく、奇を極め妙を極むと。豈図らんや造物の脚色は、綺語の奇より奇にして、狂言の妙より妙に、才子の才も敵する能わざるの巧緻あり、妄人の妄も及ぶ可からざるの警抜あらんとは。吾が言をば信ぜざる者は、試に看よ建文永楽の事を。
我が古小説家の雄を曲亭主人馬琴と為す。馬琴の作るところ、長篇四五種、八犬伝の雄大、弓張月の壮快、皆江湖の嘖々として称するところなるが、八犬伝弓張月に比して優るあるも劣らざるものを侠客伝と為す。憾むらくは其の叙するところ、蓋し未だ十の三四を卒るに及ばずして、筆硯空しく曲亭の浄几に遺りて、主人既に逝きて白玉楼の史となり、鹿鳴草舎の翁これを続げるも、亦功を遂げずして死せるを以て、世其の結構の偉、輪奐の美を観るに至らずして已みたり。然れども其の意を立て材を排する所以を考うるに、楠氏の孤女を仮りて、南朝の為に気を吐かんとする、おのずから是れ一大文章たらずんば已まざるものあるをば推知するに足るあり。惜い哉其の成らざるや。
侠客伝は女仙外史より換骨脱胎し来る。其の一部は好逑伝に藉るありと雖も、全体の女仙外史を化し来れるは掩う可からず。此の姑摩媛は即ち是れ彼の月君なり。月君が建文帝の為に兵を挙ぐるの事は、姑摩媛が南朝の為に力を致さんとするの藍本たらずんばあらず。此は是れ馬琴が腔子裏の事なりと雖も、仮に馬琴をして在らしむるも、吾が言を聴かば、含笑して点頭せん。
女仙外史一百回は、清の逸田叟、呂熊、字は文兆の著すところ、康熙四十年に意を起して、四十三年秋に至りて業を卒る。其の書の体たるや、水滸伝平妖伝等に同じと雖も、立言の旨は、綱常を扶植し、忠烈を顕揚するに在りというを以て、南安の郡守陳香泉の序、江西の廉使劉在園の評、江西の学使楊念亭の論、広州の太守葉南田の跋を得て世に行わる。幻詭猥雑の談に、干戈弓馬の事を挿み、慷慨節義の譚に、神仙縹緲の趣を交ゆ。西遊記に似て、而も其の誇誕は少しく遜り、水滸伝に近くして、而も其の豪快は及ばず、三国志の如くして、而も其の殺伐はやゝ少し。たゞ其の三者の佳致を併有して、一編の奇話を構成するところは、女仙外史の西遊水滸三国諸書に勝る所以にして、其の大体の風度は平妖伝に似たりというべし。憾むらくは、通篇儒生の口吻多くして、説話は硬固勃率、談笑に流暢尖新のところ少きのみ。
Preview chapter第2部Preview
太祖が諸子を封ずることの過ぎたるは、夙に之を論じて、然る可からずとなせる者あり。洪武九年といえば建文帝未だ生れざるほどの時なりき。其歳閏九月、たま/\天文の変ありて、詔を下し直言を求められにければ、山西の葉居升というもの、上書して第一には分封の太だ侈れること、第二には刑を用いる太だ繁きこと、第三には治を求むる太だ速やかなることの三条を言えり。其の分封太侈を論ずるに曰く、都城百雉を過ぐるは国の害なりとは、伝の文にも見えたるを、国家今や秦晋燕斉梁楚呉閩の諸国、各其地を尽して之を封じたまい、諸王の都城宮室の制、広狭大小、天子の都に亜ぎ、之に賜うに甲兵衛士の盛なるを以てしたまえり。臣ひそかに恐る、数世の後は尾大掉わず、然して後に之が地を削りて之が権を奪わば、則ち其の怨を起すこと、漢の七国、晋の諸王の如くならん。然らざれば則ち険を恃みて衡を争い、然らざれば則ち衆を擁して入朝し、甚しければ則ち間に縁りて而して起たんに、之を防ぐも及ぶ無からん。孝景皇帝は漢の高帝の孫也、七国の王は皆景帝の同宗父兄弟子孫なり。然るに当時一たび其地を削れば則ち兵を構えて西に向えり。晋の諸王は、皆武帝の親子孫なり。然るに世を易うるの後は迭に兵を擁して、以て皇帝を危くせり。昔は賈誼漢の文帝に勧めて、禍を未萌に防ぐの道を白せり。願わくば今先ず諸王の都邑の制を節し、其の衛兵を減じ、其の彊里を限りたまえと。居升の言はおのずから理あり、しかも太祖は太祖の慮あり。其の説くところ、正に太祖の思えるところに反すれば、太祖甚だ喜びずして、居升を獄中に終るに至らしめ給いぬ。居升の上書の後二十余年、太祖崩じて建文帝立ちたもうに及び、居升の言、不幸にして験ありて、漢の七国の喩、眼のあたりの事となれるぞ是非無き。
七国の事、七国の事、嗚呼是れ何ぞ明室と因縁の深きや。葉居升の上書の出ずるに先だつこと九年、洪武元年十一月の事なりき、太祖宮中に大本堂というを建てたまい、古今の図書を充て、儒臣をして太子および諸王に教授せしめらる。起居注の魏観字は杞山というもの、太子に侍して書を説きけるが、一日太祖太子に問いて、近ごろ儒臣経史の何事を講ぜるかとありけるに、太子、昨日は漢書の七図漢に叛ける事を講じ聞せたりと答え白す。それより談は其事の上にわたりて、太祖、その曲直は孰に在りやと問う。太子、曲は七国に在りと承りぬと対う。時に太祖肯ぜずして、否、其は講官の偏説なり。景帝太子たりし時、博局を投じて呉王の世子を殺したることあり、帝となるに及びて、晁錯の説を聴きて、諸侯の封を削りたり、七国の変は実に此に由る。諸子の為に此事を講ぜんには、藩王たるものは、上は天子を尊み、下は百姓を撫し、国家の藩輔となりて、天下の公法を撓す無かれと言うべきなり、此の如くなれば則ち太子たるものは、九族を敦睦し、親しきを親しむの恩を隆んにすることを知り、諸子たるものは、王室を夾翼し、君臣の義を尽すことを知らん、と評論したりとなり。此の太祖の言は、正に是れ太祖が胸中の秘を発せるにて、夙くより此意ありたればこそ、其より二年ほどにして、洪武三年に、※、棡、棣、※、楨、榑、梓、檀、杞の九子を封じて、秦晋燕周等に王とし、其甚しきは、生れて甫めて二歳、或は生れて僅に二ヶ月のものをすら藩王とし、次いで洪武十一年、同二十四年の二回に、幼弱の諸子をも封じたるなれ、而して又夙くより此意ありたればこそ、葉居升が上言に深怒して、これを獄死せしむるまでには至りたるなれ。しかも太祖が懿文太子に、七国反漢の事を喩したりし時は、建文帝未だ生れず。明の国号はじめて立ちしのみ。然るに何ぞ図らん此の俊徳成功の太祖が熟慮遠謀して、斯ばかり思いしことの、其身死すると共に直に禍端乱階となりて、懿文の子の允炆、七国反漢の古を今にして窘まんとは。不世出の英雄朱元璋も、命といい数というものゝ前には、たゞ是一片の落葉秋風に舞うが如きのみ。
Table of contents
Inside this edition
- 01Full text
- 02第1部
- 03第2部
- 04第3部
- 05第4部
- 06第5部
- 07第6部
- 08第7部
- 09第8部
- 10第9部
- 11第10部
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