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Japanese Edition

Literature

夜叉ヶ池

Japanese BooksWhale Edition by Kyoka Izumi

鐘を撞く約束と村人の欲望が衝突し、山里の日常に池の主と異界の気配が迫る泉鏡花の戯曲。

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Book introduction

夜叉ヶ池

越前の山里で鐘楼を守る萩原晃と百合のもとに、旅の学者・山沢学円が訪れる。夜叉ヶ池の主である白雪姫との約束によって保たれてきた村の秩序は、旱魃と村人たちの振る舞いによって揺らぎ始める。人間の世界と水の異界が交わる筋立てを、泉鏡花の台詞と舞台描写で読む。人物表と本篇を収め、原作の言葉と劇の進行を保った日本語原文版。

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泉鏡花は1939年に没し、本作は1913年に刊行された。著作権保護期間を経過した日本語原文を用いる。

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Preview chapter舞台と登場人物Read preview

場所 越前国大野郡鹿見村琴弾谷

時 現代。――盛夏

人名 萩原晃(鐘楼守)

百合(娘)

山沢学円(文学士)

白雪姫(夜叉ヶ池の主)

湯尾峠の万年姥(眷属)

白男の鯉七

大蟹五郎

木の芽峠の山椿

鯖江太郎

鯖波次郎

虎杖の入道

十三塚の骨

夥多の影法師

黒和尚鯰入(剣ヶ峰の使者)

与十(鹿見村百姓)

その他大勢

鹿見宅膳(神官)

権藤管八(村会議員)

斎田初雄(小学教師)

畑上嘉伝次(村長)

伝吉(博徒)

小烏風呂助(小相撲)

穴隈鉱蔵(県の代議士)

劇中名をいうもの。――(白山剣ヶ峰、千蛇ヶ池の公達)

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三国岳の麓の里に、暮六つの鐘きこゆ。――幕を開く。

萩原晃この時白髪のつくり、鐘楼の上に立ちて夕陽を望みつつあり。鐘楼は柱に蔦からまり、高き石段に苔蒸し、棟には草生ゆ。晃やがて徐に段を下りて、清水に米を磨ぐお百合の背後に行く。

晃 水は、美しい。いつ見ても……美しいな。

百合 ええ。

その水の岸に菖蒲あり二三輪小さき花咲く。

晃 綺麗な水だよ。(微笑む。)

百合 (白髪の鬢に手を当てて)でも、白いのでございますもの。

晃 そりゃ、米を磨いでいるからさ。……(框の縁に腰を掛く)お勝手働き御苦労、せっかくのお手を水仕事で台なしは恐多い、ちとお手伝いと行こうかな。

百合 可うございますよ。

晃 いや……お手伝いという処だが、お百合さんのそうした処は、咲残った菖蒲を透いて、水に影が映したようでなお綺麗だ。

百合 存じません。

晃 賞めるのに怒る奴がありますか。

百合 おなぶり遊ばすんでございますものを。――そして旦那様は、こんな台所へ出ていらっしゃるものではありません。早くお机の所へおいでなさいまし。

晃 鐘を撞く旦那はおかしい。実は権助と名を替えて、早速お飯にありつきたい。何とも可恐く腹が空いて、今、鐘を撞いた撞木が、杖になれば可いと思った。ところで居催促という形もある。

百合 ほほほ、またお極り。……すぐお夕飯にいたしましょうねえ。

晃 手品じゃあるまいし、磨いでいる米が、飯に早変わりはしそうもないぜ。

百合 まあ、あんな事を――これは翌朝の分を仕掛けておくのでございますよ。

晃 翌朝の分――ああ、お所帯もち、さもあるべき事です。いや、それを聞いて安心したら、がっかりして余計空いた。

百合 何でございますねえ。……お菜も、あの、お好きな鴫焼をして上げますから、おとなしくしていらっしゃいまし。お腹が空いたって、人が聞くと笑います。

晃 (縁を上る)誰に遠慮がいるものか、人が笑うのは、ね、お前。

百合 はい。

晃 お互いに朝寝の時――

百合 知りませんよ。(莞爾俯向く。)

晃 煩く薮蚊が押寄せた。裏縁で燻してやろう。(納戸、背後むきに山を仰ぐ)……雲の峰を焼落した、三国ヶ岳は火のようだ。西は近江、北は加賀、幽に美濃の山々峰々、数万の松明を列ねたように旱の焔で取巻いた。夜叉ヶ池へも映るらしい。ちょうどその水の上あたり、宵の明星の色さえ赤い。……なかなか雨らしい影もないな。

百合 ……その竜が棲む、夜叉ヶ池からお池の水が続くと申します。ここの清水も気のせいやら、流が沢山痩せました。このごろは村方で大騒ぎをしています。……暑さは強し……貴方、お身体に触りはしますまいかと、――めしあがりものの不自由な片山里は心細い。私はそれが心配でなりません。

晃 流が細ったって構うものか。お前こそ、その上夏痩せをしないが可い。お百合さん、その夕顔の花に、ちょっと手を触ってみないか。

百合 はい、どういたすのでございますか。

晃 花にも葉にも露があろうね。

百合 ああ冷い。水の手にも涼しいほど、しっとり花が濡れましたよ。

晃 世間の人には金が要ろう、田地も要ろう、雨もなければなるまいが、我々二人活きるには、百日照っても乾きはしない。その、露があれば沢山なんだ。(戸外に向える障子を閉す。)

百合 貴方、お暑うございましょう。開けておおきなさいましても、もう、そちこち人も通りますまい。

晃 何、更って、そんな心配をするものか。……晩方閉込んで一燻し燻しておくと、蚊が大分楽になるよ。

時に蚊遣の煙なびく、

学円。日に焼けたるパナマ帽子、背広の服、落着のある人体なり。風呂敷包を斜に背い、脚絆草鞋穿、杖づくりの洋傘をついて、鐘楼の下に出づ。打仰ぎ鐘を眺め、

学円 今朝、明六つの橋を渡って、ここで暮六つの鐘を聞いた。……

お百合は笊に米をうつす。

学円 やあ、お精が出ます。(と声を掛く。)

百合 はい。(見向く。)

学円 途中、畷の竹藪の処へ出て……暗くなった処で、今しがた聞きました。時を打ったはこの鐘でしょうな。

百合 さようでございます。

学円 音も尊い!……立派な鐘じゃ。鐘楼へ上ってみても差支えはありませんか。

百合 (笊を抱えて立つ)ええ、大事ござんせん。けれども貴客、御串戯に、お杖やなんぞでお敲き遊ばしては不可ません。

学円 西瓜を買うのではありません。決して敲いてはみますまい。(笑う。)

百合 御串戯おっしゃいます。……いいえ、悪戯を遊ばすようなお方とは、お見受け申しはしませんけれど、その鐘は、明六つと、暮六つと、夜中丑満に一度、――三度のほかは鳴らさない事になっておりますから、失礼とは存じましたが、ちょっと申上げたのでございます。さあ、どうぞ御遠慮なく、上って御覧なさいまし。(夕顔の垣根について入んとす。)

学円 ああ、ちょっと……お待ち下さい。鐘を見ようと思いますが、ふと言を交わしたを御縁に、余り不躾がましい事じゃが、茶なりと湯なりと、一杯お振舞い下さらんか。

百合 お易い事でございます。さあ、貴客、これへお掛けなさいまし。

学円 御免下さいよ。

百合 真に見苦しゅうございます。

学円 これは――お寺の庫裡とも見受ません。御本堂は離れていますか。

百合 いいえ、もう昔、焼けたと申しまして、以前から、寺はないのでございます。

学円 鐘ばかり……

百合 はい。

学円 鐘ばかり……成程、ところで西瓜の一件じゃ。(帽子を脱ぐ、ほとんど剃髪したるごとき一分刈の額を撫でて)や、西瓜と云えば、内に甜瓜でもありますまいか。――茶店でもない様子――(見廻す。)

Table of contents

Inside this edition

  1. 01舞台と登場人物
  2. 02本篇

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