Japanese Edition
Literature
夜明け前
Japanese BooksWhale Edition by Shimazaki Toson
木曽路を舞台に、幕末維新の揺れと一人の国学者の理想を描く大河小説。
- Preview
- A sample from the prepared text
- Formats
- Online reader, EPUB, PDF
- Access
- Library claim
Book introduction
夜明け前
『夜明け前』は、木曽馬籠を舞台に、青山半蔵の生涯を通じて幕末から明治維新への大きな変化を描きます。家、村、街道、国学、政治的理想と挫折が重なり、日本近代の夜明けを地方の視点から見つめる島崎藤村の大作です。
BooksWhale edition
How this edition was prepared
This edition is based on a public domain text and has been prepared for digital reading by BooksWhale.
Public domain basis
Why this edition can be shared
島崎藤村は1943年に没し、『夜明け前』は1929年から発表されました。日本語原文の古い刊行年代と作者没年は公版性確認の重要な根拠になります。
Read preview
A sample from the prepared text
Preview selected from the prepared reader text.
Preview chapterFull textRead preview
夜明け前
島崎藤村
夜明け前
Preview chapter第一部上Preview
島崎藤村
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
木曾路《きそじ》はすべて山の中である。あるところは岨《そば》づたいに行く崖《がけ》の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道《かいどう》はこの深い森林地帯を貫いていた。
東ざかいの桜沢から、西の十曲峠《じっきょくとうげ》まで、木曾十一|宿《しゅく》はこの街道に添うて、二十二里余にわたる長い谿谷《けいこく》の間に散在していた。道路の位置も幾たびか改まったもので、古道はいつのまにか深い山間《やまあい》に埋《うず》もれた。名高い桟《かけはし》も、蔦《つた》のかずらを頼みにしたような危《あぶな》い場処ではなくなって、徳川時代の末にはすでに渡ることのできる橋であった。新規に新規にとできた道はだんだん谷の下の方の位置へと降《くだ》って来た。道の狭いところには、木を伐《き》って並べ、藤《ふじ》づるでからめ、それで街道の狭いのを補った。長い間にこの木曾路に起こって来た変化は、いくらかずつでも嶮岨《けんそ》な山坂の多いところを歩きよくした。そのかわり、大雨ごとにやって来る河水の氾濫《はんらん》が旅行を困難にする。そのたびに旅人は最寄《もよ》り最寄りの宿場に逗留《とうりゅう》して、道路の開通を待つこともめずらしくない。
この街道の変遷は幾世紀にわたる封建時代の発達をも、その制度組織の用心深さをも語っていた。鉄砲を改め女を改めるほど旅行者の取り締まりを厳重にした時代に、これほどよい要害の地勢もないからである。この谿谷《けいこく》の最も深いところには木曾福島《きそふくしま》の関所も隠れていた。
東山道《とうさんどう》とも言い、木曾街道六十九|次《つぎ》とも言った駅路の一部がここだ。この道は東は板橋《いたばし》を経て江戸に続き、西は大津《おおつ》を経て京都にまで続いて行っている。東海道方面を回らないほどの旅人は、否《いや》でも応《おう》でもこの道を踏まねばならぬ。一里ごとに塚《つか》を築き、榎《えのき》を植えて、里程を知るたよりとした昔は、旅人はいずれも道中記をふところにして、宿場から宿場へとかかりながら、この街道筋を往来した。
馬籠《まごめ》は木曾十一宿の一つで、この長い谿谷の尽きたところにある。西よりする木曾路の最初の入り口にあたる。そこは美濃境《みのざかい》にも近い。美濃方面から十曲峠に添うて、曲がりくねった山坂をよじ登って来るものは、高い峠の上の位置にこの宿《しゅく》を見つける。街道の両側には一段ずつ石垣《いしがき》を築いてその上に民家を建てたようなところで、風雪をしのぐための石を載せた板屋根がその左右に並んでいる。宿場らしい高札《こうさつ》の立つところを中心に、本陣《ほんじん》、問屋《といや》、年寄《としより》、伝馬役《てんまやく》、定歩行役《じょうほこうやく》、水役《みずやく》、七里役《しちりやく》(飛脚)などより成る百軒ばかりの家々が主《おも》な部分で、まだそのほかに宿内の控えとなっている小名《こな》の家数を加えると六十軒ばかりの民家を数える。荒町《あらまち》、みつや、横手《よこて》、中のかや、岩田《いわた》、峠《とうげ》などの部落がそれだ。そこの宿はずれでは狸《たぬき》の膏薬《こうやく》を売る。名物|栗《くり》こわめしの看板を軒に掛けて、往来の客を待つ御休処《おやすみどころ》もある。山の中とは言いながら、広い空は恵那山《えなさん》のふもとの方にひらけて、美濃の平野を望むことのできるような位置にもある。なんとなく西の空気も通《かよ》って来るようなところだ。
本陣の当主|吉左衛門《きちざえもん》と、年寄役の金兵衛《きんべえ》とはこの村に生まれた。吉左衛門は青山の家をつぎ、金兵衛は、小竹の家をついだ。この人たちが宿役人として、駅路一切の世話に慣れたころは、二人《ふたり》ともすでに五十の坂を越していた。吉左衛門五十五歳、金兵衛の方は五十七歳にもなった。これは当時としてめずらしいことでもない。吉左衛門の父にあたる先代の半六などは六十六歳まで宿役人を勤めた。それから家督を譲って、ようやく隠居したくらいの人だ。吉左衛門にはすでに半蔵《はんぞう》という跡継ぎがある。しかし家督を譲って隠居しようなぞとは考えていない。福島の役所からでもその沙汰《さた》があって、いよいよ引退の時期が来るまでは、まだまだ勤められるだけ勤めようとしている。金兵衛とても、この人に負けてはいなかった。
山里へは春の来ることもおそい。毎年旧暦の三月に、恵那《えな》山脈の雪も溶けはじめるころになると、にわかに人の往来も多い。中津川《なかつがわ》の商人は奥筋《おくすじ》(三留野《みどの》、上松《あげまつ》、福島から奈良井《ならい》辺までをさす)への諸|勘定《かんじょう》を兼ねて、ぽつぽつ隣の国から登って来る。伊那《いな》の谷の方からは飯田《いいだ》の在のものが祭礼の衣裳《いしょう》なぞを借りにやって来る。太神楽《だいかぐら》もはいり込む。伊勢《いせ》へ、津島へ、金毘羅《こんぴら》へ、あるいは善光寺への参詣《さんけい》もそのころから始まって、それらの団体をつくって通る旅人の群れの動きがこの街道に活気をそそぎ入れる。
Preview chapter第一部下Preview
島崎藤村
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
Table of contents
Inside this edition
- 01Full text
- 02第一部上
- 03第一部下
- 04第八章
- 05第九章
- 06第十章
- 07第十一章
- 08第十二章
- 09第二部上
- 10第一章
- 11第二章
- 12第三章
- 13第四章
- 14第五章
- 15第六章
- 16第七章
- 17第二部下
- 18第八章
- 19第九章
- 20第十章
- 21第十一章
- 22第十二章
- 23第十三章
- 24第十四章
Language availability
Other languages
Additional language editions are not published yet. This section will link to other BooksWhale editions when they become available.
Request another language