
Japanese Edition
Literature
湯島詣
Japanese BooksWhale Edition by Kyoka Izumi
泉鏡花が明治の東京を舞台に、学士たちの交友と恋情、身分に縛られる女性の運命を描く。
- Preview
- A sample from the prepared text
- Formats
- Online reader, EPUB, PDF
- Access
- Library claim
Book introduction
湯島詣
神月梓をはじめとする若い学士たちの交友を軸に、芸者の蝶吉や上流社会の女性との関係が複雑に交差する。人を隔てる身分や世間の眼は、秘められた恋と友情の行方を変えていく。泉鏡花が東京の町や湯島の風景を織り込み、鮮やかな情景と語り口で人々の情熱と悲劇を描いた日本語原文の小説。
BooksWhale edition
How this edition was prepared
This edition is based on a public domain text and has been prepared for digital reading by BooksWhale.
Public domain basis
Why this edition can be shared
泉鏡花(1939年没)の日本語原作。著作権保護期間を満了した本文の青空文庫テキストを用い、入力者注、底本情報、画像を除いて整理した。
Read preview
A sample from the prepared text
Preview selected from the prepared reader text.
Preview chapter紅茶会Read preview
紅茶会
Preview chapter一Preview
「紅茶の御馳走だ、君、寄宿舎の中だから何にもない、砂糖は各々適宜に入れることにしよう。さあ、神月。」
三人の紅茶を一個々々硝子杯に煎じ出した時、柳沢時一郎はそのすっきりと脊の高い、緊った制服の姿を籐の椅子の大きなのに、無造作に落していった。
渠は腕袋の美しい片肱を椅子の縁に掛けて、悠然とぶら下げながら、
「篠塚、その砂糖をお客様に出して上げろ。」
「おい、」と心安げに答えたのは和尚天窓で、背広を着た柔和な仁体、篠塚某という哲学家。一脚の卓子を囲んで、柳沢と差向いに同じ椅子に掛けていたが、体を捻って、背後へ手を伸すと雑書を納れた本箱の上から、一瓶の角砂糖を取って、これを二人の間に居る一人の美少年の前に置いた。
「取って頂くよ。」と優しく会釈する、これが神月と呼ばれた客で、名を梓という同窓の文学士、いずれも歴々の人物である。
梓は柳沢が煎じてくれた紅茶の、薄紅色の透取る硝子杯の小さいのを取って前に引いたが、いま一人哲学者と肩を竝べて、手織の綿入に小倉の袴、紬の羽織を脱いだのを、紐長く椅子の背後に、裏を翻して引懸けて、片手を袴に入れて、粛然として読書する薄髯のあるのを見て、
「何を読んでるんです、」と少しく腰を浮かして、差覗いて聞いた。
「僕、」と応じはしたけれども、急に顔を上げたので誰に返事をするのであるか、自分にも分らないで迂路々々するのを柳沢は気軽に引取って、
「若狭が読んでるのは歴史だよ、国史専修の先生だもの、しばらくの間も研究を怠らない。」
「御勉強です、」といって神月が点首くと、和尚は、にやにやと笑いながら、その読んでる書を横目で見た。柳沢は吹出して、
「真面目な挨拶をする奴があるものか、歴史は歴史だが大変なもんです。無名氏著、岩見武勇伝だから可いじゃあないか。」
「酷く研究をしております、」と哲学者は仰いで飲む。これが聞えたものらしい。若狭は読みながら莞爾とした。
「また何ぞの材料にならないとも限らないだろう。」と梓はその硝子杯を手にした。
柳沢は斜に卓子に凭れて、小刀の柄で紅茶に和した角砂糖を突きながら、
「そりゃある、その材料のあることはちょうど何だ、篠塚が小まさの浄瑠璃の中から哲理を発見するようなもんだ。」
「馬鹿をいえ。」
梓は傍より、
「しかし君も鳥屋の女の言は、時に詩調を帯びると、そういった事があるよ。」
底意なき人達は三人一堂に笑った。
「賑かだね、柳沢、」と窓の下の園生から声を懸けたものがある。
Preview chapter二Preview
一番窓に近い柳沢は、乱暴に胸を反して振向いたが、硝子越に下を覗いて見て、
「竜田か。」
「誰か来ているかい。」
「根岸の新華族だ、入れ。」と云って座に直る。
同時に、ひよいと窓の縁に手が懸った、飛附いて、その以前、器械体操で馴らしたか、身の軽さ、肩を揺り上げて室の中に、まずその瀟洒なる顔を出したのは、竜田、名を若吉というのである。
梓を見て笑を含み、
「堪忍してやれ、神月はもう子爵じゃあない。」といいながら腕組をして外壁に附着いたままで居る。柳沢は椅子をずらして、
「まあ入れ、ちょうど可い。今その事に就いて、神月問題というのをはじめた処だ。ちょっとその休憩時間よ。神月が酷く弁論に窮して、き様の来るのを待っていたんだぜ、竜田が居たらばッてそういってな。」
聞きも果てず、満面に活気を帯び来った竜田は、飜然と躍込み、二人の間へ衝と立って、卓子に手を支いたが、解けかかる毛糸の襟巻の端を背後へ撥ねて、
「可し、また例の筆法で苦しめたか、神月君、」
親しげに、
「よく、僕を待っててくれました、もう大丈夫だ、心配をしたもうな。僕何のために学生となって、法律を研究してると思う、皆親友神月の弁護をするためだね、どうです。」
「どうぞ宜しく、」といって梓は戯れに頭を下げた。
竜田はその薩摩飛白の羽織の胸紐をぐッと〆め、
「さあ、来い。」
「またやんちゃんが始まるな、」と哲学者は両手で頤を支えて、柔和な顔を仰向けながら、若吉を瞶めて剃立の髯の痕を撫で廻す。
「大概分ってるさ、問題というのは神月が子爵家を去って、かの夫人に別れて、谷中の寺に籠城して、そして情婦の処へ通うのを攻撃するんだろう。」
「勿論、」と簡単、がちゃりと雑具の中へ小刀を投出して、柳沢は大跨に開き直り、
「最初、神月がその夫人との中に感情を害したのは、不幸にも結婚の第一日、すなわち式を挙げた日だ。」
「さよう、」と突込んで応ずる竜田の声は明快である。
「き様も知ってるな、僕も聞いた。そうして成程と思ったが、考えて見ると蓋し神月の方が非なんじゃあないか。」
「何、そんなことがあるものか、新婚旅行に出掛けようとして、上野から汽車に乗込むと、まだ赤羽の声も掛らぬうち、山下の森の中で、光りものがした。神月は――おや、人魂が飛ぶ、――と何心なくいったんだ。谷中は近し、こりゃ感情だね。そうすると、あの嚊々め。」
「竜田窘め、旦那様の前じゃ、」と哲学者が戯れる。
顧みて、
「失敬。」
「結構、」といったのは、そのいわゆる旦那様梓であった。竜田は勢よく、
「どうだ、小生意気ではないか、――いいえ、星が流れたんです、隕石でございます、――と云った、そればかりならばまだしも恕すね。」
Table of contents
Inside this edition
- 01紅茶会
- 02一
- 03二
- 04三
- 05四
- 06五
- 07六
- 08三両二分
- 09七
- 10八
- 11九
- 12十
- 13通う神
- 14十一
- 15紀の国屋
- 16十二
- 17十三
- 18段階子
- 19十四
- 20十五
- 21十六
- 22十七
- 23十八
- 24手鞠の友
- 25十九
- 26二十
- 27湯帰り
- 28二十一
- 29二十二
- 30描ける幻
- 31二十三
- 32朝参詣
- 33二十四
- 34言語道断
- 35二十五
- 36二十六
- 37二十七
- 38下かた
- 39二十八
- 40二十九
- 41三十
- 42狂犬源兵衛
- 43三十一
- 44三十二
- 45三十三
- 46三十四
- 47三十五
- 48半札の円輔
- 49三十六
- 50三十七
- 51三十八
- 52犬張子
- 53三十九
- 54四十
- 55胸騒
- 56四十一
- 57鶯
- 58四十二
- 59四十三
- 60四十四
- 61白木の箱
- 62四十五
- 63四十六
- 64四十七
- 65灰神楽
- 66四十八
- 67四十九
- 68五十
- 69星
- 70五十一
Language availability
Other languages
Additional language editions are not published yet. This section will link to other BooksWhale editions when they become available.
Request another language