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Littérature

藪の中

Édition BooksWhale en japonais par Ryūnosuke Akutagawa

複数の証言が真実を分裂させる、芥川龍之介の鋭い短編。

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藪の中

『藪の中』は一つの事件を複数の語り手が語ることで、真相そのものを不安定にします。芥川龍之介は証言、欲望、名誉、自己正当化を重ね、読む者に「真実を見る」とは何かを問いかけます。

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Ryūnosuke Akutagawa は 1927 年に没しており、『藪の中』は 1922 年に発表されました。これらの年代は、この日本語原文版のパブリックドメイン根拠を支持します。

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藪の中

檢非違使に問はれたる木樵りの物語

さやうでございます。あの 死骸 を 見 つけたのは、わたしに 違 ひございません。わたしは 今朝 何時 もの 通 り、 裏山 の 杉 を 伐 りに 參 りました。すると 山陰 の 藪 の 中 に、あの 死骸 があつたのでございます。あつた 所 でございますか? それは 山科 の 驛路 からは、四五 町 程 隔 たつて 居 りませう。 竹 の 中 に 痩 せ 杉 の 交 つた、 人氣 のない 所 でございます。

死骸 は 縹 の 水干 に、 都風 のさび 烏帽子 をかぶつた 儘 、 仰向 けに 倒 れて 居 りました。 何 しろ 一刀 とは 申 すものの、 胸 もとの 突 き 傷 でございますから、 死骸 のまはりの 竹 の 落葉 は、 蘇芳 に 滲 みたやうでございます。いえ、 血 はもう 流 れては 居 りません。 傷口 も 乾 いて 居 つたやうでございます。おまけに 其處 には、 馬蠅 が一 匹 、わたしの 足音 も 聞 えないやうに、べつたり 食 ひついて 居 りましたつけ。

太刀 か 何 かは 見 えなかつたか? いえ、 何 もございません。 唯 その 側 の 杉 の 根 がたに、 繩 が 一筋 落 ちて 居 りました。それから、――さうさう、 繩 の 外 にも 櫛 が 一 つございました。 死骸 のまはりにあつたものは、この 二 つぎりでございます。が、 草 や 竹 の 落葉 は、一 面 に 踏 み 荒 されて 居 りましたから、きつとあの 男 は 殺 される 前 に、 餘程 手痛 い 働 きでも 致 したのに 違 ひございません。 何 、 馬 はゐなかつたか? あそこは一 體 馬 なぞには、はひれない 所 でございます。 何 しろ 馬 の 通 ふ 路 とは、 藪 一 つ 隔 たつて 居 りますから。

檢非違使に問はれたる旅法師の物語

あの 死骸 の 男 には、 確 かに 昨日 遇 つて 居 ります。 昨日 の、――さあ、 午頃 でございませう。 場所 は 關山 から 山科 へ、 參 らうと 云 ふ 途中 でございます。あの 男 は 馬 に 乘 つた 女 と一しよに、 關山 の 方 へ 歩 いて 參 りました。 女 は 牟子 を 垂 れて 居 りましたから、 顏 はわたしにはわかりません。 見 えたのは 唯 萩重 ねらしい、 衣 の 色 ばかりでございます。 馬 は 月毛 の、―― 確 か 法師髮 の 馬 のやうでございました。 丈 でございますか? 丈 は 四寸 もございましたか? ―― 何 しろ 沙門 の 事 でございますから、その 邊 ははつきり 存 じません。 男 は、――いえ、 太刀 も 帶 びて 居 れば、 弓矢 も 携 へて 居 りました。 殊 に 黒 い 塗 り 箙 へ、二十あまり 征矢 をさしたのは、 唯今 でもはつきり 覺 えて 居 ります。

あの 男 がかやうになろうとは、 夢 にも 思 はずに 居 りましたが、まことに 人間 の 命 なぞは、 如露亦如電 に 違 ひございません。やれやれ、 何 とも 申 しやうのない、 氣 の 毒 な 事 を 致 しました。

檢非違使に問はれたる放免の物語

わたしが 搦 め 取 つた 男 でございますか? これは 確 かに 多襄丸 と 云 ふ、 名高 い 盜人 でございます。 尤 もわたしが 搦 め 取 つた 時 には、 馬 から 落 ちたのでございませう、 粟田口 の 石橋 の 上 に、うんうん 呻 つて 居 りました。 時刻 でございますか? 時刻 は 昨夜 の 初更 頃 でございます。 何時 ぞやわたしが 捉 へ 損 じた 時 にも、やはりこの 紺 の 水干 に、 打出 しの 太刀 を 佩 いて 居 りました。 唯今 はその 外 にも 御覽 の 通 り、 弓矢 の 類 さへ 携 へて 居 ります。さやうでございますか? あの 死骸 の 男 が 持 つてゐたのも、――では 人殺 しを 働 いたのは、この 多襄丸 に 違 ひございません。 革 を 卷 いた 弓 、 黒塗 りの 箙 、 鷹 の 羽 の 征矢 が十七 本 、――これは 皆 、あの 男 が 持 つてゐたものでございませう。はい、 馬 も 仰有 る 通 り、 法師髮 の 月毛 でございます。その 畜生 に 落 されるとは、 何 かの 因縁 に 違 ひございません。それは 石橋 の 少 し 先 に、 長 い 端綱 を 引 いた 儘 、 路 ばたの 青芒 を 食 つて 居 りました。

この 多襄丸 と 云 ふやつは、 洛中 に 徘徊 する 盜人 の 中 でも、 女好 きのやつでございます。 昨年 の 秋 鳥部寺 の 賓頭盧 の 後 の 山 に、 物詣 でに 來 たらしい 女房 が 一人 、 女 の 童 と一しよに 殺 されてゐたのは、こいつの 仕業 だとか 申 して 居 りました。その 月毛 に 乘 つてゐた 女 も、こいつがあの 男 を 殺 したとなれば、 何處 へどうしたかわかりません。 差出 がましうございますが、それも 御詮議 下 さいまし。

檢非違使に問はれたる媼の物語

はい、あの 死骸 は 手前 の 娘 が、 片附 いた 男 でございます。が、 都 のものではございません。 若狹 の 國府 の 侍 でございます。 名 は 金澤 の 武弘 、 年 は二十六 歳 でございました。いえ、 優 しい 氣立 でございますから、 遺恨 なぞ 受 ける 筈 はございません。

娘 でございますか? 娘 の 名 は 眞砂 、 年 は十九 歳 でございます。これは 男 にも 劣 らぬ 位 勝氣 の 女 でございますが、まだ一 度 も 武弘 の 外 には、 男 を 持 つた 事 はございません。 顏 は 色 の 淺黒 い、 左 の 眼尻 に 黒子 のある、 小 さい 瓜實顏 でございます。

武弘 は 昨日 娘 と一しよに、 若狹 へ 立 つたのでございますが、こんな 事 になりますとは、 何 と 云 ふ 因果 でございませう。しかし 娘 はどうなりましたやら、 壻 の 事 はあきらめましても、これだけは 心配 でなりません。どうかこの 姥 が一 生 のお 願 ひでございますから、たとひ 草木 を 分 けましても、 娘 の 行方 をお 尋 ね 下 さいまし。 何 に 致 せ 憎 いのは、その 多襄丸 とか 何 とか 申 す、 盜人 のやつでございます。 壻 ばかりか、 娘 までも、………( 跡 は 泣 き 入 りて 言葉 なし。)

―――――――――――――

多襄丸の白状

あの 男 を 殺 したのはわたしです。しかし 女 は 殺 しはしません。では 何處 へ 行 つたのか? それはわたしにもわからないのです。まあ、お 待 ちなさい。いくら 拷問 にかけられても、 知 らない 事 は 申 されますまい。その 上 わたしもかうなれば、 卑怯 な 隱 し 立 てはしないつもりです。

わたしは 昨日 の 午 少 し 過 ぎ、あの 夫婦 に 出會 ひました。その 時 風 の 吹 いた 拍子 に、 牟子 の 垂絹 が 上 つたものですから、ちらりと 女 の 顏 が 見 えたのです。ちらりと、―― 見 えたと 思 ふ 瞬間 には、もう 見 えなくなつたのですが、 一 つにはその 爲 もあつたのでせう、わたしにはあの 女 の 顏 が、 女菩薩 のやうに 見 えたのです。わたしはその 咄嗟 の 間 に、たとひ 男 は 殺 しても、 女 は 奪 はうと 決心 しました。

何 、 男 を 殺 すなぞは、あなた 方 の 思 つてゐるやうに、 大 した 事 ではありません。どうせ 女 を 奪 ふとなれば、 必 、 男 は 殺 されるのです。 唯 わたしは 殺 す 時 に、 腰 の 太刀 を 使 ふのですが、あなた 方 は 太刀 を 使 はない、 唯 權力 で 殺 す、 金 で 殺 す、どうかするとお 爲 ごかしの 言葉 だけでも 殺 すでせう。 成程 血 は 流 れない、 男 は 立派 に 生 きてゐる、――しかしそれでも 殺 したのです。 罪 の 深 さを 考 へて 見 れば、あなた 方 が 惡 いか、わたしが 惡 いか、どちらが 惡 いかわかりません。( 皮肉 なる 微笑 )

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