
giapponese Edizione
Letteratura
生まれいずる悩み
Edizione BooksWhale in giapponese di 有島武郎
画家を志す若者の暮らしを見つめ、芸術への衝動と生計の重さのあいだで揺れる創造の苦しみを描く。
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Introduzione al libro
生まれいずる悩み
有島武郎が、絵を描くことへの強い願いを抱きながら生活のために働く若者へ語りかける作品。北海道の自然と労働の風景のなかで、才能を育てること、他者を理解すること、生きる責任が重なっていく。芸術と日々の暮らしを切り離せない問題としてとらえ、創造が生まれるまでの葛藤を描いた日本語原文。
Edizione BooksWhale
Come è stata preparata
Questa edizione si basa su un testo di pubblico dominio ed è stata preparata da BooksWhale per la lettura digitale.
Base di pubblico dominio
Perché può essere condivisa
有島武郎(1878—1923)の日本語原著。作者の没年に基づき原作の著作権保護期間は満了している。青空文庫の原文を底本とし、現代の解説や入力・校正情報は本文に含めない。
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生まれいずる悩み
有島武郎
Capitolo in anteprima一Anteprima
私は自分の仕事を神聖なものにしようとしていた。ねじ曲がろうとする自分の心をひっぱたいて、できるだけ伸び伸びしたまっすぐな明るい世界に出て、そこに自分の芸術の宮殿を築き上げようともがいていた。それは私にとってどれほど喜ばしい事だったろう。と同時にどれほど苦しい事だったろう。私の心の奥底には確かに――すべての人の心の奥底にあるのと同様な――火が燃えてはいたけれども、その火を燻らそうとする塵芥の堆積はまたひどいものだった。かきのけてもかきのけても容易に火の燃え立って来ないような瞬間には私はみじめだった。私は、机の向こうに開かれた窓から、冬が来て雪にうずもれて行く一面の畑を見渡しながら、滞りがちな筆をしかりつけしかりつけ運ばそうとしていた。
寒い。原稿紙の手ざわりは氷のようだった。
陽はずんずん暮れて行くのだった。灰色からねずみ色に、ねずみ色から墨色にぼかされた大きな紙を目の前にかけて、上から下へと一気に視線を落として行く時に感ずるような速さで、昼の光は夜の闇に変わって行こうとしていた。午後になったと思うまもなく、どんどん暮れかかる北海道の冬を知らないものには、日がいち早く蝕まれるこの気味悪いさびしさは想像がつくまい。ニセコアンの丘陵の裂け目からまっしぐらにこの高原の畑地を目がけて吹きおろして来る風は、割合に粒の大きい軽やかな初冬の雪片をあおり立てあおり立て横ざまに舞い飛ばした。雪片は暮れ残った光の迷子のように、ちかちかした印象を見る人の目に与えながら、いたずら者らしくさんざん飛び回った元気にも似ず、降りたまった積雪の上に落ちるや否や、寒い薄紫の死を死んでしまう。ただ窓に来てあたる雪片だけがさらさらさらさらとささやかに音を立てるばかりで、他のすべてのやつらは残らず唖だ。快活らしい白い唖の群れの舞踏――それは見る人を涙ぐませる。
私はさびしさのあまり筆をとめて窓の外をながめてみた。そして君の事を思った。
Capitolo in anteprima二Anteprima
私が君に始めて会ったのは、私がまだ札幌に住んでいるころだった。私の借りた家は札幌の町はずれを流れる豊平川という川の右岸にあった。その家は堤の下の一町歩ほどもある大きなりんご園の中に建ててあった。
そこにある日の午後君は尋ねて来たのだった。君は少しふきげんそうな、口の重い、癇で背たけが伸び切らないといったような少年だった。きたない中学校の制服の立て襟のホックをうるさそうにはずしたままにしていた、それが妙な事にはことにはっきりと私の記憶に残っている。
君は座につくとぶっきらぼうに自分のかいた絵を見てもらいたいと言い出した。君は片手ではかかえ切れないほど油絵や水彩画を持ちこんで来ていた。君は自分自身を平気で虐げる人のように、ふろしき包みの中から乱暴に幾枚かの絵を引き抜いて私の前に置いた。そしてじっと探るように私の顔を見つめた。明らさまに言うと、その時私は君をいやに高慢ちきな若者だと思った。そして君のほうには顔も向けないで、よんどころなくさし出された絵を取り上げて見た。
私は一目見て驚かずにはいられなかった。少しの修練も経てはいないし幼稚な技巧ではあったけれども、その中には不思議に力がこもっていてそれがすぐ私を襲ったからだ。私は画面から目を放してもう一度君を見直さないではいられなくなった。で、そうした。その時、君は不安らしいそのくせ意地っぱりな目つきをして、やはり私を見続けていた。
「どうでしょう。それなんかはくだらない出来だけれども」
そう君はいかにも自分の仕事を軽蔑するように言った。もう一度明らさまに言うが、私は一方で君の絵に喜ばしい驚きを感じながらも、いかにも思いあがったような君の物腰には一種の反感を覚えて、ちょっと皮肉でも言ってみたくなった。「くだらない出来がこれほどなら、会心の作というのはたいしたものでしょうね」とかなんとか。
しかし私は幸いにもとっさにそんな言葉で自分を穢すことをのがれたのだった。それは私の心が美しかったからではない。君の絵がなんといっても君自身に対する私の反感に打ち勝って私に迫っていたからだ。
君がその時持って来た絵の中で今でも私の心の底にまざまざと残っている一枚がある。それは八号の風景にかかれたもので、軽川あたりの泥炭地を写したと覚しい晩秋の風景画だった。荒涼と見渡す限りに連なった地平線の低い葦原を一面におおうた霙雲のすきまから午後の日がかすかに漏れて、それが、草の中からたった二本ひょろひょろと生い伸びた白樺の白い樹皮を力弱く照らしていた。単色を含んで来た筆の穂が不器用に画布にたたきつけられて、そのままけし飛んだような手荒な筆触で、自然の中には決して存在しないと言われる純白の色さえ他の色と練り合わされずに、そのままべとりとなすり付けてあったりしたが、それでもじっと見ていると、そこには作者の鋭敏な色感が存分にうかがわれた。そればかりか、その絵が与える全体の効果にもしっかりとまとまった気分が行き渡っていた。悒鬱――十六七の少年には哺めそうもない重い悒鬱を、見る者はすぐ感ずる事ができた。
「たいへんいいじゃありませんか」
絵に対して素直になった私の心は、私にこう言わさないではおかなかった。
それを聞くと君は心持ち顔を赤くした――と私は思った。すぐ次の瞬間に来ると、君はしかし私を疑うような、自分を冷笑うような冷ややかな表情をして、しばらくの間私と絵とを等分に見くらべていたが、ふいと庭のほうへ顔をそむけてしまった。それは人をばかにした仕打ちとも思えば思われない事はなかった。二人は気まずく黙りこくってしまった。私は所在なさに黙ったまま絵をながめつづけていた。
「そいつはどこん所が悪いんです」
突然また君の無愛想な声がした。私は今までの妙にちぐはぐになった気分から、ちょっと自分の意見をずばずばと言い出す気にはなれないでいた。しかし改めて君の顔を見ると、言わさないじゃおかないぞといったような真剣さが現われていた。少しでもまに合わせを言おうものなら軽蔑してやるぞといったような鋭さが見えた。よし、それじゃ存分に言ってやろうと私もとうとうほんとうに腰をすえてかかるようにされていた。
その時私が口に任せてどんな生意気を言ったかは幸いな事に今はおおかた忘れてしまっている。しかしとにかく悪口としては技巧が非常にあぶなっかしい事、自然の見方が不親切な事、モティヴが耽情的過ぎる事などをならべたに違いない。君は黙ったまままじまじと目を光らせながら、私の言う事を聞いていた。私が言いたい事だけをあけすけに言ってしまうと、君はしばらく黙りつづけていたが、やがて口のすみだけに始めて笑いらしいものを漏らした。それがまた普通の微笑とも皮肉な痙攣とも思いなされた。
それから二人はまた二十分ほど黙ったままで向かい合ってすわりつづけた。
「じゃまた持って来ますから見てください。今度はもっといいものをかいて来ます」
その沈黙のあとで、君が腰を浮かせながら言ったこれだけの言葉はまた僕を驚かせた。まるで別な、初な、素直な子供でもいったような無邪気な明るい声だったから。
不思議なものは人の心の働きだ。この声一つだった。この声一つが君と私とを堅く結びつけてしまったのだった。私は結局君をいろいろに邪推した事を悔いながらやさしく尋ねた。
「君は学校はどこです」
「東京です」
「東京? それじゃもう始まっているんじゃないか」
「ええ」
「なぜ帰らないんです」
「どうしても落第点しか取れない学科があるんでいやになったんです。‥‥それから少し都合もあって」
「君は絵をやる気なんですか」
「やれるでしょうか」
そう言った時、君はまた前と同様な強情らしい、人に迫るような顔つきになった。
私もそれに対してなんと答えようもなかった。専門家でもない私が、五六枚の絵を見ただけで、その少年の未来の運命全体をどうして大胆にも決定的に言い切る事ができよう。少年の思い入ったような態度を見るにつけ、私にはすべてが恐ろしかった。私は黙っていた。
「僕はそのうち郷里に――郷里は岩内です――帰ります。岩内のそばに硫黄を掘り出している所があるんです。その景色を僕は夢にまで見ます。その絵を作り上げて送りますから見てください。……絵が好きなんだけれども、下手だからだめです」
Indice
In questa edizione
- 01Full text
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- 05四
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