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japonês Edição

Economia

世間胸算用

Edição BooksWhale em japonês por 井原西鶴

江戸町人の金銭感覚、年越し、商い、人情を描く西鶴の浮世草子。

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Introdução do livro

世間胸算用

『世間胸算用』は、井原西鶴が江戸時代の町人社会を鋭く描いた浮世草子です。大晦日をめぐる金銭、借金、商売、見栄、人情が交錯し、近世日本の経済生活と都市文化を読むうえで重要な古典です。

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井原西鶴は1693年に没し、『世間胸算用』は1692年に刊行された江戸期の作品です。成立年代・作者没年ともに現代の著作権保護期間を大きく超えており、日本語原文は公版古典として扱えます。

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Capítulo de préviaPart 1Ler prévia

世間胸算用

井原西鶴

序文

胸算用 巻一

一 問屋とひやの寛闊女くわんくわつをんな

世の定めとて大晦日おほつごもりは闇なる事、天あまの岩戸の神代かみよこのかたしれたる事なるに、人みな常に渡世とせいを油断して、毎年ひとつの胸算用むねざんようちがひ、節季せっきを仕回しまひかね迷惑するは、面々めん〳〵覚悟かくごあしき故ゆゑなり。一日千金に替へがたし。銭銀ぜにかねなくては越されざる冬と春との峠たうげ、これ、借銭しゃくせんの山高たかうしてのぼり兼ねたるほだし。それ〳〵に子といふものに身代相応しんだいさうおうの費つひえ、さし当つて目には見えねど、年中ねんぢゆうにつもりて、はきだめの中へすたり行く破魔弓はまゆみ、手まりの糸屑いとくづ、この外ほか雛ひいなの摺鉢すりばちわれて、菖蒲刀しやうぶがたなの箔はくの色替かはり、踊をどりだいこをうちやぶり、八朔はつさくの雀すずめは珠数じゆず玉だまにつなぎ捨てられ、中の玄猪ゐのこを祝ふ餅もちの米、氏神うぢがみのおはらひ団子だんご、弟子おとご朔日ついたち、厄払やくはらひの包銭つつみぜに、夢違ゆめちがひの御札おふだを買ふなど、宝舟たからぶねにも車にも積余つみあまるほどの物入り。

惣そうじて、女は鼻のさきにして、身代しんだいたたまるる宵よひまで、乗物のりものにふたつ挑灯でうちん、月夜に無用の外聞ぐわいぶん、闇やみに錦にしきの上着うはぎ、湯わかして水へ入りたるごとく、何の役にも立たざる身の程、死なれたる親仁おやぢ持仏堂ぢぶつだうの隅すみから見て、「うき世の雲を隔てければ、悔くやみても異見いけんはなりがたし。今の商売の仕しかけ、世の偽いつはりの問屋なり。十貫目が物を買うて、八貫目に売りて銀かねまはしする才覚、つまる所は内証ないしようの弱り、来年の暮には、この門かどの戸に、『売家うりいへ十八間口けんぐち、内に蔵くら三ケ所、戸と建具たてぐそのまま、畳上中たたみじやうちゆう二百四十畳でふ、外ほかに江戸船えどぶね一艘さう、五人乗りの御座船ござぶね、通かよひ船ぶね付けて売申候うりまうしさうらふ。来きたル正月十九日に、この町の会所くわいしよにて札ふだをひらく』と沙汰さたせられ、皆みな人の物になれば、仏の目には見えすきて悲しく、定めて仏具ぶつぐも人手ひとでに渡るべし。中にも唐金からかねの三ツ具足ぐそく、代々よよ持ち伝へて惜しければ、行先ゆくさきの七月、魂祭たままつりの送り火の時、蓮はすの葉に包みて、極楽ごくらくへ取つて帰るべし。とてもこの家いへ来年ばかり、汝なんぢが心根こころねもそれゆゑ、丹波たんばに大分だいぶん田地でんち買置かひおき、引込所ひつこみどころ拵こしらへけるは、中々なか〳〵無分別むふんべつなり。我賢かしこければ、我に銀借かねかすほどの人も又利発りはつにて、ひとつ〳〵吟味ぎんみ仕出しだし、皆みな人の物になる事なり。よしなき悪事をたくまんよりは、何とぞ今一いまひとたび商売仕返しかへせ。死んでも子はかはゆさのままに、枕神まくらがみに立つてこの事をしらすぞ」と、見し姿あり〳〵との夢は覚さめて、明けければ十二月二十九日の朝、

寝所ねどころよりも大笑ひして、「さても〳〵、けふと明日あすとのいそがしき中に、死んだ親仁おやぢの欲の夢見ゆめみ。あの三ツ具足ぐそくお寺へあげよ。後のちの世までも欲が止やまぬ事ぞ」と、親をそしるうちに、諸方しよはうの借銭乞しやくせんこひ山のごとし。何とか埒らちを明くる事ぞと思ひしに、近年銀かねなしの商人あきんどども、手前てまへに金銀あるときは利なしに両替屋りやうがへやへ預け、又また入る時は借る為ためにして、こざかしきもの振手形ふりてがたといふ事を仕出しだして、手回てまはしのたがひによき事なり。この亭主ていしゆもその心得にして、霜月しもつきの末すゑより、銀二十五貫目念比ねんごろなる両替屋へ預け置き、大払おほばらひの時、米屋も呉服屋ごふくやも、味噌屋みそや・紙屋も肴屋さかなやも、観音講くわんおんこうの出し前まへも、揚屋あげやの銀かねも、乞こひにくるほどの者に、「その両替屋で請けとれ」と、振手形ふりてがた一枚づつ渡して、「万よろづ仕回しまうた」とて年籠としごもりの住吉参すみよしまゐり、胸には波のたたぬ間まもなし。こんな人の初尾はつをは、うけ給うてから気づかひ仕し給ふべし。

さればその振手形は、二十五貫目に八十貫目あまりの手形持もちかくる程に、両替りやうがへには、「算用指引さしひきして後に渡さう。振手形大分だいぶんあり」と、さま〴〵詮議せんぎするうちに、又掛乞かけごひもその手形を先さきへ渡し、又先さきから先へ渡し、後にはどさくさと入りみだれ、埒らちの明かぬ振手形を銀かねの替りに握りて、年を取りける。一夜いちや明くれば、豊かなる春とぞなりける。

二 長刀なぎなたはむかしの鞘さや

元朝ぐわんてうに日蝕につしよく六十九年以前にありて、又また元禄げんろく五年みづのえ、さる程にこの曙あけぼのめづらし。暦こよみは持統天皇ぢとうてんわう四年に儀鳳暦ぎほうれきより改りて、日月じつげつの触しよくをこよみの証拠しようこに、世の人これを疑ふ事なし。口くちより見尽みつして末すゑ一段の大晦日おほつごもりになりて、浄瑠璃じやうるり・小こうたの声も出ず、けふ一日の暮くれせはしく、ことさら小家こいへがちなる所は、喧嘩けんくわと洗濯せんだくと壁下地かべしたぢつづくると、何もかも一度に取りまぜて、春の用意とて、いかな事、餅もちひとつ、小鰯ごまめ一疋ぴきもなし。世にある人と見くらべて、浅ましく哀れなり。

この相借屋あひがしや六七軒、何として年を取るぞと思ひしに、みな質種しちだねの心当こころあてあれば、少しも世をなげく風情ふぜいなし。常住じやうぢゆう身の取置とりおき、屋賃やちんその晦日切つごもりぎりにすます。その外ほかに万よろづの世帯道具せたいだうぐ、あるいは米・味噌みそ・焼木たきぎ・酢す・醤油しやうゆ・塩・あぶらまでも、借かす人なければ万事当座たうざ買がひにして、朝夕てうせきを送れば、節季せつき々々に帳ちやうさげて、案内あんないなしにうちへ入るものひとりもなく、誰たれにおそれて侘言わびごとをするかたもなく、「楽しみは貧賎ひんせんにあり」と、古人こじんの詞ことば反古ほうぐにならず。書出かきだし請けて済まさぬは、世にまぎれて住みける昼盗人ひるぬすびとに同じ。これを思ふに、人みな年中の高ぐくりばかりして、毎月の胸算用むねざんようせぬによって、つばめのあはぬ事ぞかし。その日過ひすぎの身は知れたる世帯せたいなれば、小こづかひ帳ちやうひとつ付けるまでもない事なり。さる程に、大晦日おほつごもりの暮方くれがたまで不断ふだんの体ていにて、正月の事ども何として埒らち明くる事ぞと思ひしに、それ〳〵に質を置きける覚悟ありて、身仕回みじまひするこそ哀れなれ。

Capítulo de préviaPart 2Prévia

世に金銀の余慶よけいあるほど、万よろづに付けて目出たき事外ほかになけれども、それは二十五の若盛わかざかりより油断なく、三十五の男盛をとこざかりにかせぎ、五十の分別ふんべつざかりに家を納め、惣領そうりやうに万事をわたし、六十の前年まへどしより楽隠居らくいんきよして、寺道場てらだうぢやうへまゐり下向げかうして、世間せけんむきのよき時分じぶんなるに、仏ぶつとも法ほふともわきまへず、欲の世の中に住めり。死ねば万貫目まんぐわんめ持つても、かたびら一ひとつより、皆うき世よに残るぞかし。この寄合よりあひの親仁おやぢども、二千貫目より内の分限ぶげん一人もなし。

又近年きんねん、我々がはたらきにて、わづかなる身代しんだいの者ども、金銀を仕出しだし、二百貫目、三百貫目、あるいは五百貫目までの銀持かねもち二十八人かたらひ、一匁講いちもんめこうといふ事をむすび、毎月宿やども定めず、一匁の仕出しだし食めしをあつらへ、下戸げこも上戸じやうごも酒なしに、あそび事にも始末しまつ第一、気のつまるせんさくなり。朝から日のくるるまで、よの事なしに身過みすぎの沙汰さた、中にも借銀かしぎんの慥たしかなる借手かりてを吟味ぎんみして、一日も銀かねをあそばさぬ思案しあんをめぐらしける。

この者どもが手前てまへよろしくなりけるはじめ、利銀りぎん取込とりこみての分限ぶげんなれば、「今の世の商売しやうばいに、銀かねかし屋やより外ほかによき事はなし。然れども今程いまほどは、見せかけのよき内証ないしようの不埒ふらちなる商人あきんど、大分だいぶんかりこみこしらへてたふれければ、思ひもよらぬ損をする事たび〳〵なり。されども人を気つかひして、金銀借かさずにも置かれず。随分内証ないしようを聞合ききあはせ、この仲間なかまはたがひに様子をしらせ、向後きやうこうは借入かしいれをいたすべし。いづれも、かく云合いひあはすからは、出だしぬきにあはし給ふな。さあらば各おの〳〵心得のために、当地たうちで定まつて銀かねかる人をひとり〳〵書出かきだし、こまかに僉議せんぎして見るべし」、「これ尤もつともなり」、「まづ北浜きたばまで何屋なにやの誰たれ、財宝諸色ざいほうしよしきかけて七百貫目の身代」といひ出いづれば、「その見立みたては格別かくべつ、八百五十貫目の借銀しやくぎん」といふ。この有りなしの相違に、一座の衆中しゆうぢゆう肝きもをつぶし、「ここが大事のせんさく、両方のおぼしめし入れとくと承うけたまはり、人々の心得のため」とぞ聞きける。

「これが大事な調べどころです。両方の御意見をよくよく承って、それぞれが参考にすると致しましょう。」

「まづ分限ぶげんと見たる所は、去々年きよ〳〵ねんの霜月しもつきに娘を堺さかひへ縁組えんぎみせしに、諸道具今宮いまみやから長町ながまちの藤ふじの丸まるのかうやく屋やの門かどまでつづきし跡あとから、十貫目入いり五つ、青竹あをだけにて揃そろへの大男おほをとこにさし荷になはせ、そのまま御祓おはらひの渡るごとし。外ほかにもあまたの男子なんしあれば、余慶よけいなくて娘に五十貫目は付つけまいと思ひまして、いやといふものを無理に、この三月過すぎに二十貫目預あづけました」といはるる。「さて〳〵お笑止せうしや、その二十貫目が一貫六百目ばかりで戻もどるで御座ござろ」といへば、この親仁おやぢ顔色かほいろかはつて、箸はしもちながら集あつめ汁じる喉のどを通らず。「今日けふの寄合よりあひに、口をしき事を聞きける」と、様子をきかぬ内から泪なみだをこぼされける。「とてもの事に、その内証ないしようが聞きたし」、「さればその聟むこどのかたも、よく〳〵せはしければこそ、芝居並しばゐなみの利銀りぎんにて、何程なにほどでも借からるるなり。この利りをかきて、芝居しばゐの外ほか何商売して、胸算用むねざんようがあふとおぼしめすぞ。十貫目箱一つは、かなものまでうつて三匁五分ふんづつ、十七匁五分で箱五つ。中には世間せけんにたくさんなる石瓦いしがはら。人の心ほどおそろしきものは御座ござらぬ。両方の外聞ぐわいぶん、見せかけばかりに内談ないだんと存ずる。われらはその箱を明あけて、正真しやうじんの丁銀ちやうぎんにしてから、まことにはいたさぬ。あの身代しんだいの敷銀しきぎんは二百枚も過ぎもの、こしらへなしに五貫目。何と各おの〳〵、われらが沙汰さたする所が違うたか。まづあれには、一両年二貫目ばかり預あづけて見て、それに別べちの事なくば、又四貫目程ほど五六年もかして、慥たしかなる事を見とどけての二十貫目」といへば、一座、「これもつとも」と同音どうおんに申す。

段々だんだん利りにつまつて、この親仁おやぢ帰りには足腰あしこし立たずしてなげき、「我われこの年まで人の身代見違みちがへし事のなきに、このたびはふかくなる事をいたしました」と男泣をとこなきにして、「何とぞ御分別ごふんべつはないか〳〵」とあれば、時に最前さいぜんのせちがしこき人のいふは、「千日千夜御思案ごしあんなされても、この銀子ぎんす無事に取りかへす工夫くふうは、ただひとつより外ほかになし。この伝授でんじゆ、上々じやう〳〵の紬つむぎ一疋ぴきならば、慥たしかに取りかへして進上しんじやう申す」といへば、「それは〳〵、中綿なかわたまで添そへまして御礼申さう。何とぞ頼む」といふ。「然らば、只今ただいままでより念比ねんごろに仕しかけ、天満てんまの舟祭ふなまつりが見ゆるこそ幸さいはひなれ。浜にかけたる桟敷さじきへ女房にやうばうどもをおこして見せたしと、二十五日にお内儀ないぎをやりて、さきの嚊かかとしみ〴〵と内証ないしようをかたらせ、一日あそぶうちに、男子むすこどもが馳走ちそうに出るはしれた事ぢや。時に二番目のむすこが生うまれつきをほめ出し、『かしこさうなる眼まなざし、こなたの御子息ごしそくにしては、お心に掛けさしやるな、鳶とびが孔雀くじやくを産うんだとはこの子の事、玉のやうなる美人。ちかごろ押付おしつけたる所望しよまうなれども、わたくしもらひまして聟むこにいたします。酒さけひとつ過すごしましていふでは御座ござらぬ。われらが子ながら、これ娘むすめも十人並なみよ。そのうへ、親仁おやぢのひとり子なれば、五十貫目付つけてやるとはつね〴〵の覚悟かくご。又われらがわたくしがね三百五十両、長堀ながぼりの角屋敷かどやしき、捨てうりにしても二十五貫目がもの、仕てから袖そでも通さぬ衣装六十五、ひとりの娘より外ほかにやるものがござらぬ。これがこちの聟殿むこどの』と、思ひ入りたる顔つきして、これを言葉ことばのはじめにして、その後のち、折ふし、すこしづつ物をやれば返かへしを請け、これ以もつて損のいかぬ事。それよりよいほどを見合はせ、やとひにつかはし、銀掛かねかくるそばに置きて数をよませ、極印こくいんをうたせ、内蔵うちぐらへはこばせなどして、一日つかうて帰し、そののち先さきの身になる人ひとを見たて、ひそかによびにつかはし、『その人の二番目の子を、女房どもが何なにと思ひ入りましたやら、是非ぜひにと望みます。いそがぬ事ながら、次而ついでもあらば、此方こちの娘を貰もらうてくださるか、たづねてくだされ。こなたへ取りつくらうて申す事もござらぬ。銀千枚は、いづかたへやりますとても、その心得こころえ』と云ひわたし、先さきへ通じたと思ふ時分に、『内々の預あづけ銀入用』と申しつかはせば、欲から才覚して済ます事、手にとつたやうなり。この仕掛しかけの外ほかあるまじ」と、いひをしへてわかれける。その年としの大晦日おほつごもりに、かの親仁門口かどぐちより笑わらひ込こみ、「御影々々おかげ〳〵、御かげにて右の銀子ぎんす、元利ぐわんりともに二三日前に請取うけとりました。こなたのやうなる智恵袋ちゑぶくろは、銀かねかし仲間なかまの重宝々々ちようほう〳〵」と、あたまをたたき、「さてその時は紬つむぎ一疋ぴきとは申せしが、これにて御堪忍ごかんにんあれ」と、白石しらいしの紙子かみこ二反たんさし出して、「中綿なかわたは春の事」といひ捨てて帰りける。

Capítulo de préviaPart 3Prévia

与次兵衛よじべゑが顔見世の初日に、ひだりがたの二軒目の桟敷に、勘当かんだう切らるる事などかまはぬ顔つきの若い者、五六人も風俗ふうぞく作り、芸子に目をつかはせ、下なる見物にけなりがらせける。この若い者ども見しれる人ありて、評判するを聞けば、内証しらぬ事、皆川西かはにしのやつらなり。「中京の衆と同じ事に、大きな顔がをかしい。知らぬ人は歴々かと思ふべし。黒い羽織の男は、米屋に入縁いりえして、欲ゆゑの老女房おいにようばう、年の十四五も違ふべし。母親には二升入りの碓からうすをふませ、弟おととにはそら豆売りにあるかせ、白柄しらつかの脇指わきざしがおいてもらひたい。その次の玉虫色の羽織は牛涎屋にかはやを、どこの牛の骨やらしらいで、人のかぶる衣装つき。家は質に入れて、借銀に目安付けられ、東隣へは無理いひかかつて際目論さいめろんもすまぬに、遊山ゆさんに出るは気ちがひの沙汰なり。三番めのぎんすすたけの羽織きたる男は、利をかく銀を五貫目かりて、それを敷銀にして、家具塗師かぐぬしの所へ養子に行きて、後家親ごけおやをあなづり、養父の死なれ、三十五日もたたぬに芝居見る事、作法にはづれたる男め。米・薪はその日〳〵に当座買たうざがひの身上して、酒の相手に色子ども。かはいや神ならぬ身のあさましさは、銀なる客と思ふべし。いかな〳〵、この四五年買ひがかり済ましたる事なし。あの中に染嶋そめじまの羽織着たる男、ちひさき銭見世ぜにみせ出して居けるが、兄に三井寺の出家を持ちけるが、これから合力かふりよく請けて、そこ〳〵にも行く先の年を越すべきか。その外にひとりも、京の正月するものはあるまじ」と、指さして笑へば、羨しがるかと思ひ、かい敷しきの椿・水仙花に、金柑二つ三つ、延紙のべがみに包みてなげ越しける。明けて見て、又笑ひて、「本客ならば、この金柑ひとつが、銀払ひ時二分宛ふんづつにもなるべきに、皆食はれ損になるはしれた事」といひ捨てて、芝居は果てて立帰りける。

その後のち、毎日の河原通かはらがよひに、同じ着物に色もかはらぬ羽織に、色茶屋気を付けて、銀の事申せど分わけも立てず、道みち切つてこざりければ、さいそくするにかひなく、程なう大晦日になりて、独りは、夜ぬけふるしとて昼ぬけにして、行方ゆきがたしれず。又ひとりは、狂人分きやうじんぶんにして座敷籠ざしきらう。又ひとりは、自害しそこなひてせんさくなかば。最前引合ひきあはしたる太鼓持は、盗人の請に立ちけるとて、町へきびしき断り。茶屋は取りつく嶋もなく、夢見のわるい宝舟、尻に帆かけてにげ帰り、兼ねての算用には十五両の心あて、預け置かれしあみ笠がさ三蓋がいのこりて、大晦日のかづき物とぞなりける。

二 餅もちばなは年としの内の詠ながめ

善はいそげと、大晦日おほつごもりの掛乞かけごひ手ばしこくまはらせける。けふの一日、鉄かねのわらんぢを破り、世界をゐだてんのかけ回まはるごとく、商人あきんどは勢いきほひひとつの物ぞかし。

数年功者すねんこうしやのいへり、「惣そうじて、掛かけは取りよい所より集めて、埒明らちあかず屋としれたる家へ仕回しまひにねだり込み、言葉質ことばじちとられて迷惑めいわくせぬやうに、先さきより腹の立つやうに持つてくる時、なほ物静ものしづかに、義理ぎりづめに、外ほかのはなしをせず、居間ゐまあがり口ぐちに、ゆるりと腰かけて、袋持ふくろもちに挑灯てうちんけさせて、『何の因果いんぐわに掛商人かけあきんどには生れ来ました。月額剃さかやきそつて正月した事なく、女房にようばうどもは銀親かねおやの人質ひとじちになして、手代てだいに機嫌きげんをとらせ、身過みすぎは外ほかにもあるべき事』と、科とがもなき氏神うぢがみをうらむ。『御内証ごないしようは存ぜねども、これの御内儀様おないぎさまは仏々ほとけ〳〵。天井てんじやううらにさしたる餅もちばなに、春の心して、地鳥ぢどりの鴨かも、いりこ、串貝くしがひ、いづれ人の内は先まづさかなかけが目につく物ぢや。お小袖こそでもなされましたで御座ござりましよ。今は世間せけんに皆紋所もんどころを、葉付はつきのぼたんと四つ銀杏いちやうの丸まる、女中がたのはやり物。その時〳〵に、ならばして着たい。女房にやうばうに衣装いしやう。おまつお仕着しきせは、定さだめて柳やなぎすすたけに、みだり桐ぎりの中形ちゆうがたで御座ろ。同じ奉公ほうこうでも、こんなお家いへに居合ゐあはすがその身の仕合しあはせ、かたわきには、今に天人唐草てんにんがらくさ目にしむ』などと、内儀ないぎにものをいはすやうに仕掛しかけて、隙ひまを入れければ、外ほかの借銭乞しやくせんこひのない間まを見合せ、『この暮くれには何方いづかたへも払ひいたさねども、こなたは段々だん〳〵ことわりに至極しごくいたした。来春らいしゆん女房どもが参宮さんぐういたすつかひ銀がねなれども、この通りは進しんずる。残りは又、三月前には帳ちやうを消さして、笑ひ顔を見ますぞ』と、百目のうちへ六十目はわたすものなり。

などと、内儀に口をきかせるように仕向けるのです。そうして、話に乗って来させて時間をつぶしていれば、きっと他の借金取りがいないのを見計らって、

「この暮れはどこへも支払いをしないのだが、あなたのお話は尤もなこと。この金は、来春に女房が参宮するための旅費だが、この通りお支払いする。残金はまた。三月前には全て支払って、あなたの笑顔を見せてもらいますぞ。」

と言い、最後は「一度たびは栄え」などと謡って、木枕を鼓にして叩いて横になる男には、何とも取り付く島がない。これほど義理にも外聞にも無頓着でいられるからには、到底、埒の明かぬ事だと見極めて、古い借金はよいから、さし当たっての勘定だけにしようと互いに納得する。それで腹も立てずに終わりになるのだから、人は皆、賢い世になったものだ」。

つら〳〵世間を思ふに、随分ずいぶん身になる手代てだいよりは、愚かなる我が子がましなり。子細しさいは、自然しぜんとまことあらはれ、銀かね集まれば皆わがものとおもふから、そこ〳〵にさいそくせず、身の働きに私わたくしなし。さてまた召使めしつかひの若い者、よく〳〵親方おやかた大事に思ひ、身みの上うへを覚悟して、天理てんりを知るは格別かくべつ、大方おほかたは主しゆうの為ためになるものは稀まれなり。一日千金の色所いろどころにあそび、十分じふぶん請取うけとる銀かねあれば、その内に不足こしらへ、あるいは小判こばんのしかけ、又は銀子ぎんす請取る掛かけを、内へは銭ぜにつかうて帰るなど、親方のたしかにしらぬ売掛うりがけは、死帳しにちやうに付捨つけすて、さま〴〵にわたくしする事、いかに気のつく主しゆうにても、それ程ほどにはならぬものぞかし。又小商人こあきんどの小者こものまでも、いそがしき中に掛かけあらましにして、布袋屋ほていやのかるた一面めん買ひて、道ありき〳〵八九どうに心覚こころおぼえするもの、親方に徳は付かぬ事なり。掛乞かけごひにも色々いろ〳〵の心ざし、よきものすくなし。人は盗人ぬすびと、火は焼木たきぎの始末しまつと、朝夕てうせき気を付くるが、胸算用むねざんようのかんもんなり。

Sumário

Nesta edição

  1. 01Part 1
  2. 02Part 2
  3. 03Part 3
  4. 04Part 4
  5. 05Part 5

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