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Literatura
虞美人草
Edición BooksWhale en japonés de Natsume Sōseki
美と自意識、恋愛と虚栄が交錯する、漱石初期の長編小説。
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Introducción del libro
虞美人草
『虞美人草』は、恋愛、野心、虚栄、知識人の自意識を緻密に描く夏目漱石の初期長編である。華麗な文体と心理描写を通じて、近代日本の価値観の揺らぎを映し出す。
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夏目漱石は1916年に没し、『虞美人草』は1907年に発表された。これらの年代は、この日本語原文版のパブリックドメイン根拠を支えている。
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虞美人草
夏目漱石
Capítulo de vista previa一Vista previa
「随分遠いね。元来どこから登るのだ」と一人が手巾で額を拭きながら立ち留った。「どこか己にも判然せんがね。どこから登ったって、同じ事だ。山はあすこに見えているんだから」と顔も体躯も四角に出来上った男が無雑作に答えた。反を打った中折れの茶の廂の下から、深き眉を動かしながら、見上げる頭の上には、微茫なる春の空の、底までも藍を漂わして、吹けば揺くかと怪しまるるほど柔らかき中に屹然として、どうする気かと云わぬばかりに叡山が聳えている。「恐ろしい頑固な山だなあ」と四角な胸を突き出して、ちょっと桜の杖に身を倚たせていたが、「あんなに見えるんだから、訳はない」と今度は叡山を軽蔑したような事を云う。「あんなに見えるって、見えるのは今朝宿を立つ時から見えている。京都へ来て叡山が見えなくなっちゃ大変だ」「だから見えてるから、好いじゃないか。余計な事を云わずに歩行いていれば自然と山の上へ出るさ」細長い男は返事もせずに、帽子を脱いで、胸のあたりを煽いでいる。日頃からなる廂に遮ぎられて、菜の花を染め出す春の強き日を受けぬ広き額だけは目立って蒼白い。
「おい、今から休息しちゃ大変だ、さあ早く行こう」相手は汗ばんだ額を、思うまま春風に曝して、粘り着いた黒髪の、逆に飛ばぬを恨むごとくに、手巾を片手に握って、額とも云わず、顔とも云わず、頸窩の尽くるあたりまで、くちゃくちゃに掻き廻した。促がされた事には頓着する気色もなく、「君はあの山を頑固だと云ったね」と聞く。「うむ、動かばこそと云ったような按排じゃないか。
こう云う風に」と四角な肩をいとど四角にして、空いた方の手に栄螺の親類をつくりながら、いささか我も動かばこその姿勢を見せる。「動かばこそと云うのは、動けるのに動かない時の事を云うのだろう」と細長い眼の角から斜めに相手を見下した。「そうさ」「あの山は動けるかい」「アハハハまた始まった。君は余計な事を云いに生れて来た男だ。さあ行くぜ」と太い桜の洋杖を、ひゅうと鳴らさぬばかりに、肩の上まで上げるや否や、歩行き出した。瘠せた男も手巾を袂に収めて歩行き出す。「今日は山端の平八茶屋で一日遊んだ方がよかった。今から登ったって中途半端になるばかりだ。元来頂上まで何里あるのかい」「頂上まで一里半だ」「どこから」「どこからか分るものか、たかの知れた京都の山だ」瘠せた男は何にも云わずににやにやと笑った。四角な男は威勢よく喋舌り続ける。「君のように計画ばかりしていっこう実行しない男と旅行すると、どこもかしこも見損ってしまう。連こそいい迷惑だ」「君のようにむちゃに飛び出されても相手は迷惑だ。
第一、人を連れ出して置きながら、どこから登って、どこを見て、どこへ下りるのか見当がつかんじゃないか」「なんの、これしきの事に計画も何もいったものか、たかがあの山じゃないか」「あの山でもいいが、あの山は高さ何千尺だか知っているかい」「知るものかね。そんな下らん事を。――君知ってるのか」「僕も知らんがね」「それ見るがいい」「何もそんなに威張らなくてもいい。君だって知らんのだから。
山の高さは御互に知らんとしても、山の上で何を見物して何時間かかるぐらいは多少確めて来なくっちゃ、予定通りに日程は進行するものじゃない」「進行しなければやり直すだけだ。君のように余計な事を考えてるうちには何遍でもやり直しが出来るよ」となおさっさと行く。瘠せた男は無言のままあとに後れてしまう。春はものの句になりやすき京の町を、七条から一条まで横に貫ぬいて、煙る柳の間から、温き水打つ白き布を、高野川の磧に数え尽くして、長々と北にうねる路を、おおかたは二里余りも来たら、山は自から左右に逼って、脚下に奔る潺湲の響も、折れるほどに曲るほどに、あるは、こなた、あるは、かなたと鳴る。山に入りて春は更けたるを、山を極めたらば春はまだ残る雪に寒かろうと、見上げる峰の裾を縫うて、暗き陰に走る一条の路に、爪上りなる向うから大原女が来る。牛が来る。京の春は牛の尿の尽きざるほどに、長くかつ静かである。「おおい」と後れた男は立ち留りながら、先きなる友を呼んだ。おおいと云う声が白く光る路を、春風に送られながら、のそり閑と行き尽して、萱ばかりなる突き当りの山にぶつかった時、一丁先きに動いていた四角な影ははたと留った。
瘠せた男は、長い手を肩より高く伸して、返れ返れと二度ほど揺って見せる。桜の杖が暖かき日を受けて、またぴかりと肩の先に光ったと思う間もなく、彼は帰って来た。「何だい」「何だいじゃない。ここから登るんだ」「こんな所から登るのか。少し妙だぜ。
こんな丸木橋を渡るのは妙だぜ」「君見たようにむやみに歩行いていると若狭の国へ出てしまうよ」「若狭へ出ても構わんが、いったい君は地理を心得ているのか」「今大原女に聴いて見た。この橋を渡って、あの細い道を向へ一里上がると出るそうだ」「出るとはどこへ出るのだい」「叡山の上へさ」「叡山の上のどこへ出るだろう」「そりゃ知らない。登って見なければ分らないさ」「ハハハハ君のような計画好きでもそこまでは聞かなかったと見えるね。千慮の一失か。それじゃ、仰せに従って渡るとするかな。君いよいよ登りだぜ。どうだ、歩行けるか」「歩行けないたって、仕方がない」「なるほど哲学者だけあらあ。それで、もう少し判然すると一人前だがな」「何でも好いから、先へ行くが好い」「あとから尾いて来るかい」「いいから行くが好い」「尾いて来る気なら行くさ」渓川に危うく渡せる一本橋を前後して横切った二人の影は、草山の草繁き中を、辛うじて一縷の細き力に頂きへ抜ける小径のなかに隠れた。草は固より去年の霜を持ち越したまま立枯の姿であるが、薄く溶けた雲を透して真上から射し込む日影に蒸し返されて、両頬のほてるばかりに暖かい。「おい、君、甲野さん」と振り返る。
Capítulo de vista previa二Vista previa
紅を弥生に包む昼酣なるに、春を抽んずる紫の濃き一点を、天地の眠れるなかに、鮮やかに滴たらしたるがごとき女である。夢の世を夢よりも艶に眺めしむる黒髪を、乱るるなと畳める鬢の上には、玉虫貝を冴々と菫に刻んで、細き金脚にはっしと打ち込んでいる。静かなる昼の、遠き世に心を奪い去らんとするを、黒き眸のさと動けば、見る人は、あなやと我に帰る。半滴のひろがりに、一瞬の短かきを偸んで、疾風の威を作すは、春にいて春を制する深き眼である。この瞳を遡って、魔力の境を窮むるとき、桃源に骨を白うして、再び塵寰に帰るを得ず。ただの夢ではない。糢糊たる夢の大いなるうちに、燦たる一点の妖星が、死ぬるまで我を見よと、紫色の、眉近く逼るのである。女は紫色の着物を着ている。静かなる昼を、静かに栞を抽いて、箔に重き一巻を、女は膝の上に読む。
「墓の前に跪ずいて云う。この手にて――この手にて君を埋め参らせしを、今はこの手も自由ならず。捕われて遠き国に、行くほどもあらねば、この手にて君が墓を掃い、この手にて香を焚くべき折々の、長しえに尽きたりと思いたまえ。生ける時は、莫耶も我らを割き難きに、死こそ無惨なれ。羅馬の君は埃及に葬むられ、埃及なるわれは、君が羅馬に埋められんとす。君が羅馬は――わが思うほどの恩を、憂きわれに拒める、君が羅馬は、つれなき君が羅馬なり。されど、情だにあらば、羅馬の神は、よも生きながらの辱に、市に引かるるわれを、雲の上よりよそに見たまわざるべし。君が仇なる人の勝利を飾るわれを。埃及の神に見離されたるわれを。君が片身と残したまえるわが命こそ仇なれ。情ある羅馬の神に祈る。――われを隠したまえ。恥見えぬ墓の底に、君とわれを永劫に隠したまえ。」
女は顔を上げた。蒼白き頬の締れるに、薄き化粧をほのかに浮かせるは、一重の底に、余れる何物かを蔵せるがごとく、蔵せるものを見極わめんとあせる男はことごとく虜となる。男は眩げに半ば口元を動かした。口の居住の崩るる時、この人の意志はすでに相手の餌食とならねばならぬ。下唇のわざとらしく色めいて、しかも判然と口を切らぬ瞬間に、切り付けられたものは、必ず受け損う。女はただ隼の空を搏つがごとくちらと眸を動かしたのみである。男はにやにやと笑った。勝負はすでについた。舌を※頭に飛ばして、泡吹く蟹と、烏鷺を争うは策のもっとも拙なきものである。風励鼓行して、やむなく城下の誓をなさしむるは策のもっとも凡なるものである。蜜を含んで針を吹き、酒を強いて毒を盛るは策のいまだ至らざるものである。最上の戦には一語をも交うる事を許さぬ。拈華の一拶は、ここを去る八千里ならざるも、ついに不言にしてまた不語である。ただ躊躇する事刹那なるに、虚をうつ悪魔は、思うつぼに迷と書き、惑と書き、失われたる人の子、と書いて、すわと云う間に引き上げる。下界万丈の鬼火に、腥さき青燐を筆の穂に吹いて、会釈もなく描き出せる文字は、白髪をたわしにして洗っても容易くは消えぬ。
笑ったが最後、男はこの笑を引き戻す訳には行くまい。「小野さん」と女が呼びかけた。「え?」とすぐ応じた男は、崩れた口元を立て直す暇もない。
唇に笑を帯びたのは、半ば無意識にあらわれたる、心の波を、手持無沙汰に草書に崩したまでであって、崩したものの尽きんとする間際に、崩すべき第二の波の来ぬのを煩っていた折であるから、渡りに船の「え?」は心安く咽喉を滑り出たのである。女は固より曲者である。「え?」と云わせたまま、しばらくは何にも云わぬ。「何ですか」と男は二の句を継いだ。継がねばせっかくの呼吸が合わぬ。呼吸が合わねば不安である。相手を眼中に置くものは、王侯といえども常にこの感を起す。いわんや今、紫の女のほかに、何ものも映らぬ男の眼には、二の句は固より愚かである。女はまだ何にも言わぬ。床に懸けた容斎の、小松に交る稚子髷の、太刀持こそ、昔しから長閑である。狩衣に、鹿毛なる駒の主人は、事なきに慣れし殿上人の常か、動く景色も見えぬ。ただ男だけは気が気でない。一の矢はあだに落ちた、二の矢のあたった所は判然せぬ。これが外れれば、また継がねばならぬ。男は気息を凝らして女の顔を見詰めている。肉の足らぬ細面に予期の情を漲らして、重きに過ぐる唇の、奇か偶かを疑がいつつも、手答のあれかしと念ずる様子である。「まだ、そこにいらしったんですか」と女は落ちついた調子で云う。
これは意外な手答である。天に向って彎ける弓の、危うくも吾が頭の上に、瓢箪羽を舞い戻したようなものである。男の我を忘れて、相手を見守るに引き反えて、女は始めより、わが前に坐われる人の存在を、膝に開ける一冊のうちに見失っていたと見える。
その癖、女はこの書物を、箔美しと見つけた時、今携えたる男の手から※ぎ取るようにして、読み始めたのである。男は「ええ」と申したぎりであった。「この女は羅馬へ行くつもりなんでしょうか」女は腑に落ちぬ不快の面持で男の顔を見た。小野さんは「クレオパトラ」の行為に対して責任を持たねばならぬ。「行きはしませんよ。行きはしませんよ」と縁もない女王を弁護したような事を云う。「行かないの? 私だって行かないわ」と女はようやく納得する。小野さんは暗い隧道を辛うじて抜け出した。「沙翁の書いたものを見るとその女の性格が非常によく現われていますよ」小野さんは隧道を出るや否や、すぐ自転車に乗って馳け出そうとする。魚は淵に躍る、鳶は空に舞う。小野さんは詩の郷に住む人である。稜錐塔の空を燬く所、獅身女の砂を抱く所、長河の鰐魚を蔵する所、二千年の昔妖姫クレオパトラの安図尼と相擁して、駝鳥の※※に軽く玉肌を払える所、は好画題であるまた好詩料である。小野さんの本領である。「沙翁の描いたクレオパトラを見ると一種妙な心持ちになります」「どんな心持ちに?
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- 04三
- 05四
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- 09八
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- 11十
- 12十一
- 13十二
- 14十三
- 15十四
- 16十五
- 17十六
- 18十七
- 19十八
- 20十九
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