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風姿花伝
Édition BooksWhale en japonais par 世阿弥
日本能乐理论的根本文献,阐述花、艺位、修行与舞台传承。
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風姿花伝
『風姿花伝』是世阿弥关于能乐艺术、演员修行和舞台审美的核心论著。作品以“花”为中心概念,讨论不同年龄阶段的表演训练、观众感受、艺术传承、声律与姿态,是理解日本中世艺能、能乐美学和东方表演理论的关键公版文本。
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世阿弥 died in 1443, and Fūshi Kaden is a medieval Noh treatise; these dates support public-domain status for the Japanese original.
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風姿花伝
世阿弥
序 夫れ申楽延年の事態その源を尋ぬるに或は仏在所よりおこり或は神代より伝はるといへども時移り代へだたりぬればその風を学ぶ力及びがたし 近比万人のもてあそぶところは推古天皇の御宇に聖徳太子秦河勝に仰せて且は天下安全の為且は諸人快楽の為六十六番の遊宴をなして 申楽 と号せしより以来代々の人風月の景を仮りてこのあそびの中だちとせり その後かの河勝の遠孫この芸を相続ぎて春日日吉の神職たり 仍て和州江州の輩両社の神事に従ふこと今に盛なり されば古を学び新を賞する中にも全く風流をよこしまにすることなかれ ただ言葉賤しからずして姿幽玄ならんを 承けたる達人 とは申すべきか 先づこの道にいたらんと思はん者は非道を行ずべからず 但し歌道は風月延年のかざりなれば尤もこれを用ふべし 凡そ若年より以来見聞き及ぶところの稽古の条々大概注し置くところなり 一好色博奕大酒三重戒これ古人の掟なり 一稽古は強かれ諍識はなかれ となり
七歳 この芸において大方七歳をもて初とす この比の能の稽古かならずその者自然とし出だす事に得たる風体あるべし 舞はたらきのあひだ音曲若しは怒れる事なんどにてもあれふとし出さんかかりをうちまかせて心のままにせさすべし さのみに よき あしき とは教ふべからず あまりにいたく諫むればわらんべは気を失ひて能ものぐさくなりたちぬればやがて能は止まるなり ただ音曲はたらき舞などならではせさすべからず さのみの物まねはたとひすべくとも教ふまじきなり 大場なんどの脇の申楽には立つべからず 三番四番の時分のよからんずるに得たらん風体をせさすべし
十二三より この年の比よりは早やうやう声も調子にかかり能も心づく比なれば次第次第に物数をも教ふべし 先づ童形なればなにとしたるも幽玄なり 声もたつ比なり このたよりあればわるき事はかくれよき事はいよいよ花めけり 大方児の申楽にさのみにこまかなる物まねなどはせさすべからず 当座も似合はず能もあがらぬ相なり 但し堪能になりぬればなにとしたるもよかるべし 児といひ声といひしかも上手ならばなにかはわるかるべき さりながらこの花はまことの花にはあらず ただ時分の花なり さればこの時分の稽古すべてすべてやすきなり さるほどに一期の能の定めにはなるまじきなり この比の稽古やすき所を花にあててわざをば大事にすべし はたらきをもたしやかに音曲をも文字にさいさいとあたり舞をも手を定めて大事にして稽古すべし
十七八より この比はまたあまりの大事にて稽古多からず 先づ声変りぬれば第一の花失せたり 体も腰高になればかかり失せて過ぎし比の声もさかりに花やかにやすかりし時分の移りに手立はたと変りぬれば気を失ふ 結句見物衆もをかしげなる気色見えぬればはづかしさと申し彼是ここにて退屈するなり この比の稽古にはただ指をさして人に笑はるるともそれをばかへり見ずうちにて声のとどかん調子にて宵あかつきの声をつかひ心中には願力をおこして 一期の境ここなり と生涯にかけて能を捨てぬより外は稽古あるべからず ここにて捨つればそのまま能は止まるべし 惣じて調子は声によるといへども黄鐘盤渉までを用ふべし 調子にさのみかかれば身なりに癖出来るものなり また声も年よりて損ずる相なり
二十四五 この比一期の芸能の定まる初なり さるほどに稽古の境なり 爰を三体の初とす 声も已になほり体も定まる時分なり さればこの道に二つの果報あり 声と身なりなり この二つはこの時分に定まるなり 年ざかりにむかふ芸能の生ずるところなり さるほどによそ目にも すは上手出来たり とて人も目に立つるなり 本名人などなれども当座の花にめづらしくて立合勝負にも一旦勝つときは人も思ひあげ主も上手と思ひしむるなり これ返々主の為仇なり これもまことの花にはあらず 年のさかりと見る人の一旦の心のめづらしき花なり まことの目利は見分くべし この比の花こそ初心と申す比なるをきはめたるやうに主の思ひてはや申楽にそばみたる輪説をしいたりたる風体をすることあさましきことなり たとひ人もほめ名人などに勝つとも これは一旦のめづらしき花なり と思ひさとりていよいよ物まねをもすぐにし定めなほ得たらん人に事をこまかにとひて稽古を弥ましにすべし されば時分の花をまことの花と知る心が真実の花になほ遠ざかる心なり ただ人ごとにこの時分の花に迷ひてやがて花の失するをも知らず 初心と申すはこの比の事なり 一公案して思ふべし わが位のほどをよくよく心得ぬればそれほどの花は一期失せず 位より上の上手と思へば本ありつる位の花も失するなり よくよく心得べし
三十四五 この比の能さかりのきはめなり ここにてこの条々をきはめさとりて堪能になればさだめて天下にゆるされ名望を得つべし 若しこの時分に天下のゆるされも不足に名望も思ふほどなくはいかなる上手なりともいまだまことの花をきはめぬ仕手と知るべし 若しきはめずは四十より能はさがるべし それ後の証拠なるべし さるほどにあがるは三十四五までの比さがるは四十以来なり 返々この比天下のゆるされを得ずは 能をきはめたり と思ふべからず ここにてなほ慎むべし この比は過ぎし方をおぼえまた行先の手立をもさとる時分なり この比きはめずはこの後天下のゆるされを得んこと返々難かるべし
四十四五 この比よりの手立大方変るべし たとひ天下にゆるされ能に得法したりともそれにつけてもよき脇の仕手を持つべし 能はさがらねども力なくやうやう年闌けゆけば身の花もよそ目の花も失するなり 先づすぐれたらむ美男は知らずよきほどの人も直面の申楽は年よりては見えぬものなり さるほどにこの一方は欠けたり この比よりはさのみにこまかなる物まねをばすまじきなり 大方似合ひたる風体を安々と骨を折らで脇の仕手に花をもたせてあひしらひのやうに少々とすべし たとひ脇の仕手なからんにつけてもいよいよこまかに身をくだく能をばすまじきなり なにとしてもよそ目花なし 若しこの比まで失せざらん花こそまことの花にてはあるべけれ それは五十近くまで失せざらむ花をもちたる仕手ならば四十以前に天下の名望を得つべし たとひ天下のゆるされを得たらん仕手なりともさやうの上手は殊に我身を知るべければ猶々脇の仕手を嗜みさのみに身をくだきて難の見ゆべき能をばすまじきなり かやうに我身を知る心得たる人の心なるべし
Chapitre d'aperçuPart 2Aperçu
九 問 能に花を知ること この条々を見るに無上第一なり 肝要なり またまた不審なり これなにとして心得べきや 答 この道の奥義をきはむるところなるべし 一大事とも秘事ともただこの一道なり 先づ大方稽古物まねの条々にくはしく見えたり 時分の花 声の花 幽玄の花 かやうの条々は人の目にも見えたれどもそのわざより出来る花なれば咲く花のごとくなればまたやがて散る時分あり されば久しからねば天下に名望少なし ただまことの花は咲く道理も散る道理も人のままなるべし されば久しかるべし この理を知らんこといかがすべき 若し別紙の口伝にあるべきか ただわづらはしくは心得まじきなり 先づ七歳より以来年来稽古の条々物まねの品々をよくよく心中にあてて分かちおぼえて能を尽し工夫をきはめて後この花の失せぬ所をば知るべし この物数をきはむる心すなはち花の種なるべし されば 花を知らん と思はば先づ種を知るべし 花は心 種はわざ なるべし 古人云 心地含二諸種一 普雨悉皆萌 頓悟二花情一已 菩提果自成
結句 凡そ家を守り芸を重んずるによて亡父の申し置きし事どもを心底にとどめて大概を録する所世のそしりを忘れて道の廃れんことを思ふによりて全他人の才覚に及ぼさんとにはあらず ただ子孫の庭訓を残すのみなり 風姿花伝条々以上 于時応永七年庚辰卯月十三日従五位下左衛門大夫秦元清書
一 一申楽神代のはじまりといふは天照大神天の岩戸にこもり給ひしとき天下とこやみになりしに月神の御子島根見尊をはじめたてまつりて八百万の神達天の香久山にあつまり大神の御心をとらむとて神楽を奏し才男を始め給ふ 中にも天の鈿女尊すすみ出でて榊の枝に幣を付けて声をあげほとろ職踏みとどろかし神がかりすと謡ひ舞ひかなで給ふ その御声ひそかに聞えければ大神岩戸を少し開きたまふ 国土また明白たり 神達の御おもしろかりけり そのときの御あそび申楽の初といふ くはしくは口伝にあるべし
二 一仏在所には須達長者祗園精舎をたてて供養のとき釈迦如来御説法ありしに提婆一万人の外道をともなひ木の枝篠の葉に幣を付けて踊り叫めば御供養宣べがたかりしに仏舎利弗に御目を加へ給へば仏力を受け御後戸にて鼓鉦鼓をととのへ阿難の才覚舎利弗の智恵富楼那の弁説にて六十六番の物まねをし給へば外道笛鼓の音を聞きて後戸にあつまりこれを見てしづまりぬ その隙に如来供養を宣べ給へり それより天竺にこの道は始まるなり
三 一日本国においては欽明大皇の御宇に大和国泊瀬の河に洪水の折節河上より一つの壺流れくだる 三輪の杉の鳥居のほとりにて雲客この壺をとる 中に緑子あり かたち柔和にして玉のごとし これ降人なるが故に内裏に奏聞す その夜御門の御夢に緑子のいはく 我はこれ大国秦の始皇の再誕なり 日域に機縁ありて今現在す と云々 御門奇特におぼしめし殿上にめさる 成人にしたがひて才智人に超えて年十五にて大臣の位にのぼる 秦 の姓をくださる 秦 といふ文字 はた なるが故に 秦河勝 なり 上宮太子天下少し障ありしとき神代仏在所の吉例に任せて六十六番の物まねをかの河勝におほせて同じく六十六番の面を御作にてすなはち河勝にあたへたまふ 橘の内裏の紫宸殿にてこれを勤む 天下治まり国しづかなり 上宮太子末代の為 神楽 なりしを 神 といふ字の偏をのけて旁を残し給ふ これ日よみの 申 なるが故に 申楽 と名付く すなはち たのしみを申 によりてなり または神楽を分くればなり かの河勝欽明敏達用明崇峻推古上宮太子に仕へたてまつりこの芸をば子孫に伝へて 化人跡を止めぬ によりて摂津国難波の浦よりうつぼ船にのりて風にまかせて西海に出づ 播磨国坂越の浦につく 浦人舟をあけて見れば形人間に変れり 諸人に憑き祟りて奇瑞をなす すなはち神と崇めて国豊なり 大きに荒るる と書きて 大荒大明神 と名付く 今の代に霊験あらたかなり 本地毘沙門天王にてまします 上宮太子守屋の逆臣をたいらげ給ひしときもかの河勝が神通方便の手にかかりて守屋は失せぬと云々
Chapitre d'aperçuPart 3Aperçu
一 この口伝に花を知ること 先づ仮令花の咲くを見てよろづに花とたとへ始めん理をわきまふべし 抑花といふに万木千草において四季折節に咲くものなればその時を得てめづらしき故にもてあそぶなり 申楽も人の心にめづらしきと知るところすなはちおもしろき心なり いづれの花か散らで残るべき 散る故によりて咲く比あればめづらしきなり 能も住する所なきを先づ花と知るべし 住せずして余の風体に移ればめづらしきなり 但し様あり めづらしきといへばとて世になき風体をし出だすにてはあるべからず 花伝に出だすところの条々を悉く稽古し終りてさて申楽をせんときにその物数を用々にしたがひて取り出だすべし 花と申すもよろづの草木においていづれか四季折節の時の花の外にめづらしき花のあるべき そのごとくにならひおぼえつる品々をきはめぬれば時折節の当世を心得て時の人の好みの品によりてその風体を取り出だす これ時の花の咲くを見んがごとし 花と申すもこぞ咲きし種なり 能ももと見し風体なれども物数をきはめぬればその数を尽すほど久し 久しくて見ればまためづらしきなり そのうへ人の好みもいろいろにして音曲ふるまひ物まね所々に変りてとりどりなればいづれの風体をも残しては叶ふまじきなり 然れば物数をきはめ尽したらん仕手は初春の梅より秋の菊の花の咲きはつるまで一年中の花の種を持ちたらんがごとし いづれの花なりとも人の望時によりて取り出だすべし 物数をきはめずは時によりて花を失ふことあるべし たとへば春の花の比過ぎて夏の草の花を賞翫せんずる時分に春の花の風体ばかりを得たらん仕手が夏草の花はなくて過ぎし春の花をまたもちて出たらんは時の花にあふべしや これにて知るべし ただ花は見る人の心にめづらしきが花なり 然れば 花伝の花 の段に 物数をきはめて工夫を尽して後花の失せぬ所をば知るべし とあるはこの口伝なり されば花とて別にはなきものなり 物数を尽して工夫を得てめづらしき感を心に得るが花なり 花は心 種はわざ と書けるもこれなり 物まねの鬼 の段に 鬼ばかりをよくせん者は鬼のおもしろき所をも知るまじき とも申したるなり 物数を尽してまためづらしくし出だしたらんはめづらしき所花なるべきほどにおもしろかるべし 余の風体はなくて鬼ばかりをする上手 と思はばよくしたりとは見ゆるともめづらしき心あるまじければ見所に花はあるべからず 巌に花の咲かんがごとし と申したるも鬼をば強くおそろしく瞻を消すやうにするならではおよその風体なし これ巌なり 花といふは余の風体を残さずして 幽玄至極の上手 と人の思ひなれたるところに思ひの外に鬼をすればめづらしく見ゆるところ これ花なり 然れば鬼ばかりをせんずる仕手は巌ばかりにて花はあるべからず
二 一こまかなる口伝にいはく 音曲舞はたらき振風情これまた同じ心なり これ いつもの風情音曲なればさやうにぞあらんずらん と人の思ひなれたるところをさのみに住せずして心根に同じ振ながらもとよりはかるがると風体を嗜みいつもの音曲なれどもなほ故実をめぐらして曲を彩り声色を嗜みてわが心にも 今ほどに執することなし と大事にしてこのわざをすれば見聞く人 常よりもなほおもしろし など批判にあふことあり これは見聞く人の為めづらしき心にあらずや 然れば同じ音曲風情をするとも上手のしたらんは別におもしろかるべし 下手はもとよりならひおぼえつる節博士の分なればめづらしき思ひなし 上手と申すは同じ節かかりなれども曲を心得たり 曲といふは節のうへの花なり 同じ上手同じ花のうちにても無上の公案をきはめたらんはなほかつ花を知るべし 凡そ音曲にも節は定まれる形木曲は上手の物なり 舞にも手は習へる形木品かかりは上手の物なり
三 一物まねに似せぬ位あるべし 物まねきはめてその物にまことになり入りぬれば似せんと思ふ心なし さるほどにおもしろき所ばかりを嗜めばなどか花なかるべき たとへば老人の物まねならば得たらん上手の心にはただ素人の老人が風流延年なんどに身をかざりて舞ひかなでんがごとし もとよりおのが身年寄ならば年寄に似せんと思ふ心あるべからず ただそのときの物まねの人体ばかりをこそ嗜むべけれ また老人の 花はありて年寄と見ゆる口伝 といふは先づ善悪老したる風情をば心にかけまじきなり 抑舞はたらきと申すはよろづに楽の拍手にあはせて足を踏み手をさしひき振風情を拍子にあててするものなり 年よりぬればその拍子のあて所太鼓謡つづみの頭よりはちちと遅く足を踏み手をもさしひきおよその振風情をも拍子に少し後るるやうにあるものなり この故実なによりも年寄の形木なり このあてがひばかりを心中にもちてその外をばただ世の常にいかにもいかにも花やかにすべし 先づ仮令年寄の心には何事をも若くしたがるものなり さりながら力なく五体も重く耳も遅ければ心はゆけどもふるまひのかなはぬなり この理を知ることまことの物まねなり わざをば年寄の望のごとく若き風情をすべし これ年寄の若き事をうらやむ心風情を学ぶにてはなしや 年寄はいかに若ふるまひをするともこの拍手におくるることは力なくかなはぬ理なり 年寄の若ふるまひめづらしき理なり 老木に花の咲かんがごとし
四 一能に十体を得べきこと 十体を得たらん仕手は同じ事をひとまはりひとまはりづつするともその一通りの間久しかるべければめづらしかるべし 十体を得たらん人はそのうちの故実工夫にてはももいろにもわたるべし 先づ五年三年のうちに一ぺんづつもめづらしくし替ふるやうならんずるあてがひをもつべし これは大きなる安立なり または一年のうち四季折節をも心にかくべし また日をかさねたる申楽一日のうちは申すに及ばず風体の品々を色どるべし かやうに大綱より始めてちちとある事までも自然自然に心にかくれば一期花は失せまじきなり またいふ 十体を知らんよりは年々去来の花を忘るべからず 年々去来の花 とはたとへば十体とは物まねの品々なり 年々去来とは幼かりし時のよそほひ初心の時分のわざ手盛のふるまひ年よりての風体この時分時分のおのれと身にありし風体を皆当芸に一度にもつことなり あるときは 児若族能か と見えあるときは 年ざかりの仕手か とおぼえまたはいかほども臈たけて劫入りたるやうに見えて同じ主とも見えぬやうに能をすべし これすなはち幼少のときより老後までの芸を一度にもつ理なり さるほどに 年々さりきたる花 とはいへり 但しこの位にいたれる仕手上代末代に見も聞きも及ばず 亡父の若ざかりの能こそ 臈たけたる風体殊に得たりける など聞き及びしか 四十有余の時分よりは見なれし事なればうたがひなし 自然居士の物まね高座の上にてのふるまひを時の人 十六七の人体に見えし なんど沙汰ありしなり これはまさしく人も申し身にも見たりし事なれば この位に相応したりし達者か とおぼえしなり かやうに若き時分には行末の年々去来の風体を得年よりては過ぎし方の風体を身に残す仕手二人とも見も聞きも及ばざりしなり されば初心よりのこの方の芸能の品々を忘れずしてそのときどき用々にしたがひて取り出だすべし 若くては年よりの風体年よりてはさかりの風体を残すことめづらしきにあらずや 然れば芸能の位あがれば過ぎし風体をしすてしすて忘るることひたすら花の種を失ふなるべし その時々にありし花のままにて種なければ手折れる花の枝のごとし 種あらば年々時々の比になどかあはざらん ただ返々初心を忘るべからず されば常の批判にも若き仕手をば はやくあがりたる 劫入りたる などほめ年よりたるをば 若やぎたる など批判するなり これめづらしき理ならずや 十体のうちを彩らば百色にもなるべし そのうへに年々去来の品々を一身当芸にもちたらんはいかほどの花ぞや
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