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高野聖

Édition BooksWhale en japonais par Izumi Kyoka

旅僧、山道、妖しい女、獣の気配が交差する泉鏡花の幻想怪奇小説。

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Introduction du livre

高野聖

『高野聖』は、旅の僧が山中で出会う不思議な女と異界めいた家をめぐる幻想小説です。清らかさと官能、信仰と恐怖、自然と魔性が溶け合い、泉鏡花らしい美文と怪奇性を味わえる日本近代文学の代表的短編です。

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泉鏡花は1939年に没し、『高野聖』は1900年に発表されました。これらの年代は日本語原文版の公版性を判断する根拠になります。

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高野聖

泉鏡花

高野聖

泉鏡花

(数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)

「参謀《さんぼう》本部|編纂《へんさん》の地図をまた繰開《くりひら》いて見るでもなかろう、と思ったけれども、余りの道じゃから、手を触《さわ》るさえ暑くるしい、旅の法衣《ころも》の袖《そで》をかかげて、表紙を附《つ》けた折本になってるのを引張《ひっぱ》り出した。

飛騨《ひだ》から信州へ越《こ》える深山《みやま》の間道で、ちょうど立休らおうという一本の樹立《こだち》も無い、右も左も山ばかりじゃ、手を伸《の》ばすと達《とど》きそうな峰《みね》があると、その峰へ峰が乗り、巓《いただき》が被《かぶ》さって、飛ぶ鳥も見えず、雲の形も見えぬ。

道と空との間にただ一人我ばかり、およそ正午《しょうご》と覚しい極熱《ごくねつ》の太陽の色も白いほどに冴《さ》え返った光線を、深々と戴《いただ》いた一重《ひとえ》の檜笠《ひのきがさ》に凌《しの》いで、こう図面を見た。」

旅僧《たびそう》はそういって、握拳《にぎりこぶし》を両方|枕《まくら》に乗せ、それで額を支えながら俯向《うつむ》いた。

道連《みちづれ》になった上人《しょうにん》は、名古屋からこの越前敦賀《えちぜんつるが》の旅籠屋《はたごや》に来て、今しがた枕に就いた時まで、私《わたし》が知ってる限り余り仰向《あおむ》けになったことのない、つまり傲然《ごうぜん》として物を見ない質《たち》の人物である。

一体東海道|掛川《かけがわ》の宿《しゅく》から同じ汽車に乗り組んだと覚えている、腰掛《こしかけ》の隅《すみ》に頭《こうべ》を垂れて、死灰《しかい》のごとく控《ひか》えたから別段目にも留まらなかった。

尾張《おわり》の停車場《ステイション》で他《ほか》の乗組員は言合《いいあわ》せたように、残らず下りたので、函《はこ》の中にはただ上人と私と二人になった。

この汽車は新橋を昨夜九時半に発《た》って、今夕《こんせき》敦賀に入ろうという、名古屋では正午《ひる》だったから、飯に一折の鮨《すし》を買った。旅僧も私と同じくその鮨を求めたのであるが、蓋《ふた》を開けると、ばらばらと海苔《のり》が懸《かか》った、五目飯《ちらし》の下等なので。

(やあ、人参《にんじん》と干瓢《かんぴょう》ばかりだ。)と粗忽《そそ》ッかしく絶叫《ぜっきょう》した。私の顔を見て旅僧は耐《こら》え兼ねたものと見える、くっくっと笑い出した、もとより二人ばかりなり、知己《ちかづき》にはそれからなったのだが、聞けばこれから越前へ行って、派は違《ちが》うが永平寺《えいへいじ》に訪ねるものがある、但《ただ》し敦賀に一|泊《ぱく》とのこと。

若狭《わかさ》へ帰省する私もおなじ処《ところ》で泊《とま》らねばならないのであるから、そこで同行の約束《やくそく》が出来た。

かれは高野山《こうやさん》に籍《せき》を置くものだといった、年配四十五六、柔和《にゅうわ》ななんらの奇《き》も見えぬ、懐《なつか》しい、おとなしやかな風采《とりなり》で、羅紗《らしゃ》の角袖《かくそで》の外套《がいとう》を着て、白のふらんねるの襟巻《えりまき》をしめ、土耳古形《トルコがた》の帽《ぼう》を冠《かぶ》り、毛糸の手袋《てぶくろ》を嵌《は》め、白足袋《しろたび》に日和下駄《ひよりげた》で、一見、僧侶《そうりょ》よりは世の中の宗匠《そうしょう》というものに、それよりもむしろ俗か。

(お泊りはどちらじゃな、)といって聞かれたから、私は一人旅の旅宿のつまらなさを、しみじみ歎息《たんそく》した、第一|盆《ぼん》を持って女中が坐睡《いねむり》をする、番頭が空世辞《そらせじ》をいう、廊下《ろうか》を歩行《ある》くとじろじろ目をつける、何より最も耐《た》え難《がた》いのは晩飯の支度《したく》が済むと、たちまち灯《あかり》を行燈《あんどん》に換《か》えて、薄暗《うすぐら》い処でお休みなさいと命令されるが、私は夜が更《ふ》けるまで寐《ね》ることが出来ないから、その間の心持といったらない、殊《こと》にこの頃《ごろ》は夜は長し、東京を出る時から一晩の泊《とまり》が気になってならないくらい、差支《さしつか》えがなくば御僧《おんそう》とご一所《いっしょ》に。

快く頷《うなず》いて、北陸地方を行脚《あんぎゃ》の節はいつでも杖《つえ》を休める香取屋《かとりや》というのがある、旧《もと》は一|軒《けん》の旅店《りょてん》であったが、一人女《ひとりむすめ》の評判なのがなくなってからは看板を外《はず》した、けれども昔《むかし》から懇意《こんい》な者は断らず泊めて、老人《としより》夫婦が内端《うちわ》に世話をしてくれる、宜《よろ》しくばそれへ、その代《かわり》といいかけて、折を下に置いて、

(ご馳走《ちそう》は人参と干瓢ばかりじゃ。)

とからからと笑った、慎《つつし》み深そうな打見《うちみ》よりは気の軽い。

岐阜《ぎふ》ではまだ蒼空《あおぞら》が見えたけれども、後は名にし負う北国空、米原《まいばら》、長浜《ながはま》は薄曇《うすぐもり》、幽《かすか》に日が射《さ》して、寒さが身に染みると思ったが、柳《やな》ヶ|瀬《せ》では雨、汽車の窓が暗くなるに従うて、白いものがちらちら交《まじ》って来た。

(雪ですよ。)

(さようじゃな。)といったばかりで別に気に留めず、仰《あお》いで空を見ようともしない、この時に限らず、賤《しず》ヶ|岳《たけ》が、といって、古戦場を指した時も、琵琶湖《びわこ》の風景を語った時も、旅僧はただ頷いたばかりである。

敦賀で悚毛《おぞけ》の立つほど煩《わずら》わしいのは宿引《やどひき》の悪弊《あくへい》で、その日も期したるごとく、汽車を下《おり》ると停車場《ステイション》の出口から町端《まちはな》へかけて招きの提灯《ちょうちん》、印傘《しるしがさ》の堤《つつみ》を築き、潜抜《くぐりぬ》ける隙《すき》もあらなく旅人を取囲んで、手《て》ン手《で》に喧《かまびす》しく己《おの》が家号《やごう》を呼立《よびた》てる、中にも烈《はげ》しいのは、素早《すばや》く手荷物を引手繰《ひったく》って、へい難有《ありがと》う様《さま》で、を喰《くら》わす、頭痛持は血が上るほど耐《こら》え切れないのが、例の下を向いて悠々《ゆうゆう》と小取廻《ことりまわ》しに通抜《とおりぬ》ける旅僧は、誰《たれ》も袖を曳《ひ》かなかったから、幸いその後に跟《つ》いて町へ入って、ほっという息を吐《つ》いた。

雪は小止《おやみ》なく、今は雨も交らず乾いた軽いのがさらさらと面《おもて》を打ち、宵《よい》ながら門《かど》を鎖《とざ》した敦賀の通《とおり》はひっそりして一条二条|縦横《たてよこ》に、辻《つじ》の角は広々と、白く積った中を、道の程《ほど》八町ばかりで、とある軒下《のきした》に辿《たど》り着いたのが名指《なざし》の香取屋。

Chapitre d'aperçuPart 2Aperçu

これはと思う、右も、左も、前の枝も、何の事はないまるで充満《いっぱい》。

私は思わず恐怖《きょうふ》の声を立てて叫《さけ》んだ、すると何と? この時は目に見えて、上からぼたりぼたりと真黒な痩《や》せた筋の入った雨が体へ降かかって来たではないか。

草鞋を穿《は》いた足の甲《こう》へも落ちた上へまた累《かさな》り、並んだ傍《わき》へまた附着《くッつ》いて爪先《つまさき》も分らなくなった、そうして活《い》きてると思うだけ脈を打って血を吸うような、思いなしか一ツ一ツ伸縮《のびちぢみ》をするようなのを見るから気が遠くなって、その時不思議な考えが起きた。

この恐しい山蛭《やまびる》は神代《かみよ》の古《いにしえ》からここに屯《たむろ》をしていて、人の来るのを待ちつけて、永い久しい間にどのくらい何斛《なんごく》かの血を吸うと、そこでこの虫の望《のぞみ》が叶《かな》う、その時はありったけの蛭が残らず吸っただけの人間の血を吐出《はきだ》すと、それがために土がとけて山一ツ一面に血と泥《どろ》との大沼にかわるであろう、それと同時にここに日の光を遮《さえぎ》って昼もなお暗い大木が切々《きれぎれ》に一ツ一ツ蛭になってしまうのに相違《そうい》ないと、いや、全くの事で。」

「およそ人間が滅びるのは、地球の薄皮《うすかわ》が破れて空から火が降るのでもなければ、大海が押被《おっかぶ》さるのでもない、飛騨国《ひだのくに》の樹林《きばやし》が蛭になるのが最初で、しまいには皆《みんな》血と泥の中に筋の黒い虫が泳ぐ、それが代《だい》がわりの世界であろうと、ぼんやり。

なるほどこの森も入口では何の事もなかったのに、中へ来るとこの通り、もっと奥深く進んだら早《は》や残らず立樹《たちき》の根の方から朽《く》ちて山蛭になっていよう、助かるまい、ここで取殺される因縁《いんねん》らしい、取留《とりと》めのない考えが浮んだのも人が知死期《ちしご》に近《ちかづ》いたからだとふと気が付いた。

どの道死ぬるものなら一足でも前へ進んで、世間の者が夢《ゆめ》にも知らぬ血と泥の大沼の片端《かたはし》でも見ておこうと、そう覚悟《かくご》がきまっては気味の悪いも何もあったものじゃない、体中|珠数生《じゅずなり》になったのを手当《てあたり》次第に掻《か》い除《の》けむしり棄《す》て、抜き取りなどして、手を挙げ足を踏んで、まるで躍《おど》り狂う形で歩行《ある》き出した。

はじめの中《うち》は一廻《ひとまわり》も太ったように思われて痒《かゆ》さが耐《たま》らなかったが、しまいにはげっそり痩《や》せたと感じられてずきずき痛んでならぬ、その上を容赦《ようしゃ》なく歩行《ある》く内にも入交《いりまじ》りに襲《おそ》いおった。

既《すで》に目も眩《くら》んで倒れそうになると、禍《わざわい》はこの辺が絶頂であったと見えて、隧道《トンネル》を抜けたように、遥《はるか》に一輪《いちりん》のかすれた月を拝んだのは、蛭の林の出口なので。

いや蒼空《あおぞら》の下へ出た時には、何のことも忘れて、砕《くだ》けろ、微塵《みじん》になれと横なぐりに体を山路《やまじ》へ打倒《うちたお》した。それでからもう砂利《じゃり》でも針でもあれと地《つち》へこすりつけて、十余りも蛭の死骸《しがい》を引《ひっ》くりかえした上から、五六|間《けん》向うへ飛んで身顫《みぶるい》をして突立《つッた》った。

人を馬鹿《ばか》にしているではありませんか。あたりの山では処々《ところどころ》茅蜩殿《ひぐらしどの》、血と泥の大沼になろうという森を控《ひか》えて鳴いている、日は斜《ななめ》、渓底《たにそこ》はもう暗い。

まずこれならば狼《おおかみ》の餌食《えじき》になってもそれは一思《ひとおもい》に死なれるからと、路はちょうどだらだら下《おり》なり、小僧さん、調子はずれに竹の杖を肩にかついで、すたこら遁《に》げたわ。

これで蛭に悩まされて痛いのか、痒《かゆ》いのか、それとも擽《くすぐ》ったいのか得《え》もいわれぬ苦しみさえなかったら、嬉《うれ》しさに独《ひと》り飛騨山越《ひだやまごえ》の間道《かんどう》で、お経《きょう》に節《ふし》をつけて外道踊《げどうおどり》をやったであろう、ちょっと清心丹《せいしんたん》でも噛砕《かみくだ》いて疵口《きずぐち》へつけたらどうだと、だいぶ世の中の事に気がついて来たわ。抓《つね》っても確《たしか》に活返《いきかえ》ったのじゃが、それにしても富山の薬売はどうしたろう、あの様子《ようす》ではとうに血になって泥沼に。皮ばかりの死骸は森の中の暗い処、おまけに意地の汚《きたな》い下司《げす》な動物が骨までしゃぶろうと何百という数でのしかかっていた日には、酢《す》をぶちまけても分る気遣《きづかい》はあるまい。

こう思っている間、件《くだん》のだらだら坂は大分長かった。

それを下《くだ》り切ると流が聞えて、とんだ処に長さ一間ばかりの土橋がかかっている。

はやその谷川の音を聞くと我身で持余《もてあま》す蛭の吸殻《すいがら》を真逆《まっさかさま》に投込んで、水に浸《ひた》したらさぞいい心地《ここち》であろうと思うくらい、何の渡りかけて壊《こわ》れたらそれなりけり。

危いとも思わずにずっと懸《かか》る、少しぐらぐらしたが難なく越した。向うからまた坂じゃ、今度は上《のぼ》りさ、ご苦労千万。」

「とてもこの疲《つか》れようでは、坂を上るわけには行くまいと思ったが、ふと前途《ゆくて》に、ヒイインと馬の嘶《いなな》くのが谺《こだま》して聞えた。

馬士《まご》が戻《もど》るのか小荷駄《こにだ》が通るか、今朝一人の百姓に別れてから時の経ったは僅《わずか》じゃが、三年も五年も同一《おんなじ》ものをいう人間とは中を隔《へだ》てた。馬が居るようではともかくも人里に縁があると、これがために気が勇んで、ええやっと今|一揉《ひともみ》。

一軒の山家《やまが》の前へ来たのには、さまで難儀《なんぎ》は感じなかった。夏のことで戸障子のしまりもせず、殊《こと》に一軒家、あけ開いたなり門というてもない、突然《いきなり》破縁《やれえん》になって男が一人、私《わし》はもう何の見境もなく、

(頼《たの》みます、頼みます、)というさえ助《たすけ》を呼ぶような調子で、取縋《とりすが》らぬばかりにした。

(ご免《めん》なさいまし、)といったがものもいわない、首筋をぐったりと、耳を肩で塞《ふさ》ぐほど顔を横にしたまま小児《こども》らしい、意味のない、しかもぼっちりした目で、じろじろと門に立ったものを瞻《みつ》める、その瞳《ひとみ》を動かすさえ、おっくうらしい、気の抜けた身の持方。裾短《すそみじ》かで袖《そで》は肱《ひじ》より少い、糊気《のりけ》のある、ちゃんちゃんを着て、胸のあたりで紐《ひも》で結《ゆわ》えたが、一ツ身のものを着たように出ッ腹の太り肉《じし》、太鼓《たいこ》を張ったくらいに、すべすべとふくれてしかも出臍《でべそ》という奴《やつ》、南瓜《かぼちゃ》の蔕《へた》ほどな異形《いぎょう》な者を片手でいじくりながら幽霊《ゆうれい》の手つきで、片手を宙にぶらり。

足は忘れたか投出した、腰がなくば暖簾《のれん》を立てたように畳《たた》まれそうな、年紀《とし》がそれでいて二十二三、口をあんぐりやった上唇《うわくちびる》で巻込めよう、鼻の低さ、出額《でびたい》。五分刈《ごぶがり》の伸《の》びたのが前は鶏冠《とさか》のごとくになって、頸脚《えりあし》へ撥《は》ねて耳に被《かぶさ》った、唖《おし》か、白痴《ばか》か、これから蛙《かえる》になろうとするような少年。私《わし》は驚いた、こっちの生命《いのち》に別条はないが、先方様《さきさま》の形相《ぎょうそう》。いや、大別条《おおべつじょう》。

Chapitre d'aperçuPart 3Aperçu

(いえ、もったいない、修行《しゅぎょう》の身が馬で足休めをしましょうなぞとは存じませぬ。)

(何でも人間を乗っけられそうな馬じゃあござらぬ。お坊様は命拾いをなされたのじゃで、大人《おとな》しゅうして嬢様の袖《そで》の中で、今夜は助けて貰《もら》わっしゃい。さようならちょっくら行って参りますよ。)

(あい。)

(畜生《ちくしょう》。)といったが馬は出ないわ。びくびくと蠢《うごめ》いて見える大《おおき》な鼻面《はなッつら》をこちらへ捻《ね》じ向けてしきりに私等《わしら》が居る方を見る様子。

(どうどうどう、畜生これあだけた獣《けもの》じゃ、やい!)

右左にして綱を引張ったが、脚《あし》から根をつけたごとくにぬっくと立っていてびくともせぬ。

親仁《おやじ》大いに苛立《いらだ》って、叩《たた》いたり、打《ぶ》ったり、馬の胴体について二三度ぐるぐると廻ったが少しも歩かぬ。肩でぶッつかるようにして横腹《よこっぱら》へ体《たい》をあてた時、ようよう前足を上げたばかりまた四脚《よつあし》を突張《つッぱ》り抜く。

(嬢様嬢様。)

と親仁《おやじ》が喚《わめ》くと、婦人《おんな》はちょっと立って白い爪《つま》さきをちょろちょろと真黒《まっくろ》に煤《すす》けた太い柱を楯《たて》に取って、馬の目の届かぬほどに小隠れた。

その内腰に挟《はさ》んだ、煮染《にし》めたような、なえなえの手拭《てぬぐい》を抜いて克明《こくめい》に刻んだ額の皺《しわ》の汗を拭《ふ》いて、親仁《おやじ》はこれでよしという気組《きぐみ》、再び前へ廻ったが、旧《もと》によって貧乏動《びんぼうゆるぎ》もしないので、綱に両手をかけて足を揃《そろ》えて反返《そりかえ》るようにして、うむと総身《そうみ》に力を入れた。とたんにどうじゃい。

凄《すさま》じく嘶《いなな》いて前足を両方|中空《なかぞら》へ翻《ひるがえ》したから、小さな親仁《おやじ》は仰向けに引《ひっ》くりかえった、ずどんどう、月夜に砂煙がぱっと立つ。

白痴《ばか》にもこれは可笑《おか》しかったろう、この時ばかりじゃ、真直《まっすぐ》に首を据《す》えて厚い唇《くちびる》をばくりと開けた、大粒《おおつぶ》な歯を露出《むきだ》して、あの宙へ下げている手を風で煽《あお》るように、はらりはらり。

(世話が焼けることねえ、)

婦人《おんな》は投げるようにいって草履《ぞうり》を突《つッ》かけて土間へついと出る。

(嬢様|勘違《かんちが》いさっしゃるな、これはお前様ではないぞ、何でもはじめからそこなお坊様に目をつけたっけよ、畜生|俗縁《ぞくえん》があるだッぺいわさ。)

俗縁は驚《おどろ》いたい。

すると婦人が、

(貴僧《あなた》ここへいらっしゃる路《みち》で誰にかお逢《あ》いなさりはしませんか。)」

「(はい、辻《つじ》の手前で富山の反魂丹売《はんごんたんうり》に逢いましたが、一足先にやっぱりこの路へ入りました。)

(ああ、そう。)と会心の笑《えみ》を洩《もら》して婦人《おんな》は蘆毛《あしげ》の方を見た、およそ耐《たま》らなく可笑《おか》しいといったはしたない風采《とりなり》で。

極めて与《くみ》し易《やす》う見えたので、

(もしや此家《こちら》へ参りませなんだでございましょうか。)

(いいえ、存じません。)という時たちまち犯すべからざる者になったから、私《わし》は口をつぐむと、婦人《おんな》は、匙《さじ》を投げて衣《きもの》の塵《ちり》を払うている馬の前足の下に小さな親仁《おやじ》を見向いて、

(しょうがないねえ、)といいながら、かなぐるようにして、その細帯を解きかけた、片端《かたはし》が土へ引こうとするのを、掻取《かいと》ってちょいと猶予《ためら》う。

(ああ、ああ。)と濁《にご》った声を出して白痴《ばか》が件《くだん》のひょろりとした手を差向《さしむ》けたので、婦人《おんな》は解いたのを渡してやると、風呂敷《ふろしき》を寛《ひろ》げたような、他愛《たわい》のない、力のない、膝《ひざ》の上へわがねて宝物《ほうもつ》を守護するようじゃ。

婦人《おんな》は衣紋《えもん》を抱き合せ、乳の下でおさえながら静《しずか》に土間を出て馬の傍《わき》へつつと寄った。

私《わし》はただ呆気《あっけ》に取られて見ていると、爪立《つまだち》をして伸び上り、手をしなやかに空ざまにして、二三度|鬣《たてがみ》を撫《な》でたが。

大きな鼻頭《はなづら》の正面にすっくりと立った。丈《せい》もすらすらと急に高くなったように見えた、婦人《おんな》は目を据《す》え、口を結び、眉《まゆ》を開いて恍惚《うっとり》となった有様《ありさま》、愛嬌《あいきょう》も嬌態《しな》も、世話らしい打解《うちと》けた風はとみに失《う》せて、神か、魔《ま》かと思われる。

その時裏の山、向うの峰《みね》、左右前後にすくすくとあるのが、一ツ一ツ嘴《くちばし》を向け、頭《かしら》を擡《もた》げて、この一落《いちらく》の別天地、親仁《おやじ》を下手《しもて》に控え、馬に面して彳《たたず》んだ月下の美女の姿を差覗《さしのぞ》くがごとく、陰々《いんいん》として深山《みやま》の気が籠《こも》って来た。

生《なま》ぬるい風のような気勢《けはい》がすると思うと、左の肩から片膚《かたはだ》を脱いだが、右の手を脱《はず》して、前へ廻し、ふくらんだ胸のあたりで着ていたその単衣《ひとえ》を円《まる》げて持ち、霞《かすみ》も絡《まと》わぬ姿になった。

馬は背《せな》、腹の皮を弛《ゆる》めて汗もしとどに流れんばかり、突張《つッぱ》った脚もなよなよとして身震《みぶるい》をしたが、鼻面《はなづら》を地につけて一掴《ひとつかみ》の白泡《しろあわ》を吹出《ふきだ》したと思うと前足を折ろうとする。

その時、頤《あぎと》の下へ手をかけて、片手で持っていた単衣をふわりと投げて馬の目を蔽《おお》うが否や、兎《うさぎ》は躍《おど》って、仰向《あおむ》けざまに身を翻《ひるがえ》し、妖気《ようき》を籠《こ》めて朦朧《もうろう》とした月あかりに、前足の間に膚《はだ》が挟《はさま》ったと思うと、衣《きぬ》を脱して掻取《かいと》りながら下腹をつと潜《くぐ》って横に抜けて出た。

親仁《おやじ》は差心得《さしこころえ》たものと見える、この機《きっ》かけに手綱《たづな》を引いたから、馬はすたすたと健脚《けんきゃく》を山路《やまじ》に上げた、しゃん、しゃん、しゃん、しゃんしゃん、しゃんしゃん、――見る間《ま》に眼界を遠ざかる。

婦人《おんな》は早や衣服《きもの》を引《ひっ》かけて縁側《えんがわ》へ入って来て、突然《いきなり》帯を取ろうとすると、白痴《ばか》は惜《お》しそうに押えて放さず、手を上げて、婦人《おんな》の胸を圧《おさ》えようとした。

邪慳《じゃけん》に払い退《の》けて、きっと睨《にら》んで見せると、そのままがっくりと頭《こうべ》を垂れた、すべての光景は行燈《あんどう》の火も幽《かすか》に幻《まぼろし》のように見えたが、炉にくべた柴《しば》がひらひらと炎先《ほさき》を立てたので、婦人《おんな》はつと走って入る。空の月のうらを行くと思うあたり遥《はるか》に馬子歌《まごうた》が聞えたて。」

「さて、それからご飯の時じゃ、膳《ぜん》には山家《やまが》の香《こう》の物、生姜《はじかみ》の漬《つ》けたのと、わかめを茹《う》でたの、塩漬の名も知らぬ蕈《きのこ》の味噌汁《みそしる》、いやなかなか人参《にんじん》と干瓢《かんぴょう》どころではござらぬ。

品物は侘《わび》しいが、なかなかのお手料理、餓《う》えてはいるし、冥加至極《みょうがしごく》なお給仕、盆を膝に構えてその上に肱《ひじ》をついて、頬《ほお》を支えながら、嬉《うれ》しそうに見ていたわ。

縁側に居た白痴《ばか》は誰《たれ》も取合《とりあわ》ぬ徒然《つれづれ》に堪《た》えられなくなったものか、ぐたぐたと膝行出《いざりだ》して、婦人《おんな》の傍《そば》へその便々《べんべん》たる腹を持って来たが、崩《くず》れたように胡坐《あぐら》して、しきりにこう我が膳を視《なが》めて、指《ゆびさし》をした。

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